培養肉(人造肉)が持つかもしれない高い環境コスト

植物性由来肉ブーム昆虫食ブームの兆しも一過性のものであり、将来的には培養して作られた人造肉が将来の食糧危機や環境問題を解決する未来の技術だと指摘する人は多い。

2013年に登場した人造肉ハンバーガーの作成コストには3,000万円以上かかっていたが、2019年にはイスラエルの新興企業による人口ステーキ肉を開発し、2021年に薄切りステーキ市場(50ドル)に参入することを目標としている。

参考:ロイター「細胞培養肉のステーキを開発、イスラエル企業が商品化目指す」2019年7月20日

恐らく技術が進歩していき大量生産されるようになっていけば価格が低下していき、食肉の代替品として市場に出回る可能性は十分にある。植物性由来肉もその候補だが栄養面では完全に代替できないし、昆虫による代替肉は、文化的な先入観や味の問題などハードルが高い。

エコノミストの『2050年の技術』第7章「食卓に並ぶ人造ステーキ」でも、人造肉反対派と動物愛護派の争いで後者が勝利し、人造肉市場が一般化するシナリオを描いている。

英『エコノミスト編集部』(2017)『2050年の技術 英『エコノミスト』誌は予測する』文藝春秋

しかし、ブリュッセル大学の生物学者エリック・ムライユ博士はThe Conversationで、人造肉は当初考えられているよりも高い環境コストを持つのではいかと論じている。(他に成長ホルモンやプラスチックの毒性など人体に悪影響をおよぼす可能性も指摘している。)

2011年の調査で人工肉は、

  • 温室効果ガスの排出を78~96%削減
  • エネルギー利用量を7~45%削減
  • 水利用量を82~96%

するとされていたが、最近の研究では人工肉の環境への影響は、細胞培養に必要なインフラのエネルギーコストを加味すれば長期的には家畜よりも高いのではないかと示唆されている。

動物は細菌などから保護する免疫系があるが、細胞培養の場合にはそれが無く、栄養豊富な培養環境では細菌が増殖しやすい。人造肉を培養するには高度な無菌状態を作る必要があり、これには滅菌された使い捨てプラスチック素材が使われることが多い。ステンレス素材の培養材料もあるが、これらの滅菌に使う蒸気や洗剤にも環境コストがかかる。

似たものとして製薬産業の環境コストは、二酸化炭素排出量が自動車産業よりも55%高い可能性が指摘されており、それだけ無菌状態の維持にコストがかかる可能性がある。

また、家畜の維持は人間が消費できない植物廃棄物のリサイクルにも貢献し、その糞は牧草地の栄養となり、牧草地は炭素を捕獲して貯蔵する。肉を培養によって生産する場合に、これを代替する役割が何になるのかなど、長期的な環境コストの評価は難しいとも指摘されている。

このような

  • インフラまでを考慮した環境への影響
  • 環境に良いとされることにシフトした時の他の産業への影響

という点まで考慮するのが最近の潮流であり、従来言われていたことの結論が将来的にひっくり返る可能性は十分にある。例えば前者はフォーミュラ1が目指すカーボンニュートラルの計画があるし、後者はEUがパーム油に圧力をかける要因として支持するILUC(間接的土地利用変化)という考え方がある。

個人的には人造肉市場の伸びには期待しているが、実際に環境負荷がどうかというのは今後もっと産業と言えるレベルにまで成長しないと分からない面が多いだろう。そういう意味で既に「人造肉反対派と動物愛護派の争い」は始まっているのかもしれない。

参考文献:The Conversation, “‘Cultured’ meat could create more problems than it solves”, 29 Nov 2019

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