なぜシンガポールは砂糖が多い飲料の広告を禁止するのか

日本でも一部メディアでは報道されているが、シンガポールは砂糖含有量が「非常に多い」と判断される飲料商品の広告を全面禁止する方針を示した。基本的には時事通信が伝えているように、糖尿病を抱える国民の比率が高所得国の中で最高水準であることが理由だが、ここまで急進的な対策に至った背景については触れられていない。そこで、厚生省が提供する情報や海外メディアの報道を元に、今回の決定に至る背景を整理する。

砂糖消費の半数以上は「砂糖入り飲料」(SSB)から

ブルームバーグが伝えるように、シンガポールやマレーシアなど東南アジア諸国は、一人当たりの砂糖消費量が世界的に見てトップクラスの多さである。

筆者はよく東南アジアを訪問するのでよく知っているが、東南アジアに行けば兎に角飲み物が甘い。タイなどに初めて訪問する人は、日本をイメージするようなパッケージで売られている緑茶にも砂糖が入っていることに驚く。市販の飲料が甘いのは勿論だが、喫茶店などでコーヒーをブラックで飲む人は少なく、砂糖は勿論、ミルク代わりに練乳を入れる人も多い。ベトナムなら誇張抜きでカップの1/3くらいを練乳で満たす人が少なくない。そんなベトナムは今や肥満大国である。

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シンガポールも同様で、暑い国なので致し方無い部分もあるが、それにしても糖分を摂取し過ぎなので、糖尿病が深刻な問題となっている。

特に問題となっているのが「砂糖入り飲料(sugar-sweetened beverages; SSB)」と呼ばれるセグメントである。特に糖分含有量が10%以上の砂糖含有量が多い飲料が悩みの種となっている。よく「角砂糖14個分の砂糖が入っている」と言われるコカ・コーラの糖分含有量が11.3%であり、コカ・コーラ以上の糖分濃度の飲料が市場に溢れていると考えればイメージが湧くかもしれない。

シンガポールでは、そんな砂糖入り飲料からの砂糖摂取量が全体の半分を超えている。1日当たり250mlのSSBを摂取すると、糖尿病のリスクが26%も増加すると報告されており、兼ねてから厚生省の重要対策課題となっていた。

今回の決定はやむを得ないもの

シンガポール政府もいきなり急進的な対策を進めたわけではなく、2017年7月から健康推進庁(HPB)は、「より健康的な原材料の開発スキーム(HIDS: Healthier Ingredient Development Scheme )」を推進している。

これは、2020年までにシンガポール人の砂糖摂取量を25%削減するのが目標で、食品の味を落とさずに健康なものにするという食品技術開発を支援する仕組みである。HIDS自体は砂糖だけでなく、油や穀物、ソース類、デザート類などが対象で、健康的な原材料開発を補助金支援するだけでなく、企業に砂糖含有量の減少を進めるように推奨するなど多くの取り組みがなされてきた。

実際、SSBの中には砂糖含有量が少ない製品が増えてきているが、高濃度のSSBの実態はあまり変わっていない。余談だが、エドウィン・トン保健省上級大臣はスピーチで、糖度10%以上の飲料を’sticky’ segmentと表現している。「(問題として)厄介な」と「(砂糖として)ねばねばした」を掛けた洒落た表現である。

広告規制という「マシな選択肢」

こうした経過があって初めて今回の決定に至る議論が始まる。2018年12月から保健省と健康推進庁は、砂糖摂取量を削減する方法について8週間の公開協議を行っている。

その際、保健省は以下の4つの対策を提案し、4,000人以上の一般国民や専門家、業界関係者からのフィードバックをもらっている。

  • 広告規制
  • パッケージ前面へのラベル貼付義務
  • 砂糖税
  • 高糖度SSBの禁止

広告規制に加え、パッケージ前面へのラベル貼付義務が今回採用された対策であるが、4案の中で砂糖税や高糖度SSBの禁止に比べればマイルドな方策に見えないだろうか。

タイのように砂糖税の導入に成功した国(2017年に砂糖税が導入され、段階的に税率が上がっている)もあるが、ロビー活動などで砂糖税の導入は政治的に難しいケースも多い。アメリカ・カリフォルニア州でもソーダ税という名のSSBへの砂糖税が議論されていたがロビー活動に阻まれている。

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公開協議において最も賛成を集めたのがラベルであり、回答者の84%が賛成している。「健康的」か「普通」か「不健康」かを示すラベルを飲料に示す義務は30ヶ国以上で導入されており、国民のニーズにも合っている。

広告規制については、飲料業界は自主規制を望んでいたが、一般回答者の71%の賛成を集めており、その背景に「自主規制の抜け穴」を懸念する声が多かった。

砂糖税も65%の人が賛成していたが、こちらは飲料業者がSSBだけでなく飲料全体に税金分を価格転嫁して税の目的が損なわれるという意見が重視された。また、最も急進的な高糖度SSBの禁止は選択の自由を奪うことを理由に一般国民からも半数以上の支持を得られなかった。

施策の内容と今後の流れ

内容についてはまだこれからということだが、ラベルについては公開協議で保健省が示した各国例が参考になる。英国のように栄養成分と色を表示するものもあれば、フランスのようにA~Eで健康度合いを示すもの、チリのように警告を示すラベルなど様々な手法がある。

SSBの「健康への影響」について示すラベル例
出典:シンガポール政府広報サイト

広告規制については、全てのマスメディアとインターネットチャンネル全体で、ラベルグレードが最も低い(最も不健康)なSSBの広告を禁止する方針である。

施策がいつから実施されるかについては来年発表される予定だが、実施には1~4年かかると見られる。

参考文献

[1]時事ドットコム「砂糖多い飲料、広告禁止へ=糖尿病対策で世界初-シンガポール」2019年10月10日

[2]日本貿易振興機構「タイ、10月1日から砂糖含有飲料の物品税率引き上げ」2019年10月1日

[3]日本貿易振興機構「健康食品調査(シンガポール)」2019年3月(PDF注意)

[4]Ministry of Health, “SPEECH BY MR EDWIN TONG, SENIOR MINISTER OF STATE, MINISTRY OF LAW & MINISTRY OF HEALTH, AT THE OPENING CEREMONY OF THE SINGAPORE HEALTH & BIOMEDICAL CONGRESS 2019 AT MAX ATRIA @ SINGAPORE EXPO”, 10 Oct 2019

[5]The Straits Times, “War on diabetes: Unhealthy label for high-sugar drinks, total ban on ads to be introduced in Singapore”, 10 Oct 2019

[6]The Straits Times, “Most favour having labels on front of drinks packs”, 11 Oct 2019

[7]Bloomberg, “Singapore to Set World’s First Ad Ban for High Sugar Drinks”, 10 Oct 2019

[8]reach(A Singapore Government Agency Website), “Public Consultation on Possible Measures for Pre-Packaged Sugar-Sweetened Beverages”

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金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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