今回も引き続き出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫 より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介していく。今回は上巻最後となる第四部4章「寒冷化とペストの時代」である。これはタイトルの通り、寒冷化とペスト(黒死病)の流行の関係を描くもので、モンゴル帝国の自由市場やヨーロッパにおけるルネサンスの関連性までが整理された特に素晴らしい章である。
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モンゴル帝国については3章の方が詳しく書かれているが、クビライ・カーン(フビライ・ハン)は、銀を世界規模で循環させて交易を盛んにすることを目論見、朝貢に来たモンゴルの皇族に対し、バーリシュと呼ばれる重さ2キロにも達する銀塊(銀錠)を贈与し、それが商人を通じて貨幣として流通することになる。更にクビライはユーラシア大陸全体で流通時の関税・通過税を禁じ自由貿易を推進した。著者はこれを「ユーラシア規模での楽市楽座政策」と呼んでいる。
通過税を撤廃した事で誰もが自由に行き来できるようになっていた事を示す代表例がマルコポーロ(と呼ばれる誰か)である。
誰でも行き来できるという事は、病原菌も行き来できるということである。当時、ユーラシア大陸においては人間が持つ抗体は大きく中国型・ヨーロッパ型・亜熱帯型の3つに区分できると考えられている。抗体が異なるので、人の移動によって未知の病原菌に触れると感染リスクが高くなる。しかもちょうどその頃は地球が寒冷化していた頃であり、人間の抵抗力も低下している。
その時にユーラシア大陸全体に拡がったのが中央アジアのペスト(黒死病)である。ヨーロッパでは人口の3割以上が亡くなったと考えられており、今では考えられない規模のパンデミックである。
逆に言えばペストによって生き残った人はユーラシア大陸共通の抗体を持っているということになる。こうした人の移動によるパンデミックは歴史を通じて多く発生しており、ペスト以降も新大陸(アメリカ)への入植により先住民族やインカ帝国などに大打撃を与えたのが天然痘である。
そして、ペストによって生き残った人は、日々の人生を大切にし、「死への恐怖心が逆に人間愛を積極的に捉える思想」を持つようになる。これが契機になったのがルネサンスである。デカメロンやカンタベリー物語、神曲など誰もが知るような作品が多く生まれている。
ルネサンスなどこうした文化的革命は印象に残りやすいということには注意が必要だ。投資に役立つ『全世界史』(4):中華思想とAIバブルでも整理したように、基本的に文化の発達は経済の余裕から生まれる。持続的イノベーションと破壊的イノベーションの枠組みで捉えればルネサンスは破壊的イノベーションに当たり、不況時の文化の方が優れているように見えるが、これは歴史の整理の仕方から受けるインパクトの違いであることには注意したい。
ルネサンスはさておき、一連の歴史で重要なのは「気温」と「移動」と「感染症」である。『大世界史』全体を通して「温暖化による人の移動」というのは多く言及される。これは農業による生産性もあるが、そもそも寒冷地は雪や氷など生活に不便な面が多いし、人間の抵抗力も下がるので、寒冷地での生活は避けたい人が多い。
ペストは自由市場と寒冷化が重なったことで大打撃をもたらしたが、今後のヒントとしては「温暖化による人の移動」も考えなければならない。
温暖化により、特に熱帯地域を中心に異常気象が増え、耕作ができなくなりつつある地域が増えてきている。そうすると人はより北部へ移動するというシナリオが考えられる。これについてはヨルゲン・ランダースの『2052 今後40年のグローバル予測』でも同様の事が言及されており、既に北欧の一部など「今は生活しにくいが将来的に温暖になる地域」に不動産投資をする人などについての超長期投資が紹介されている。
また、未だ相対的には人の行き来が少ないのがアフリカ大陸である。アフリカ大陸の経済成長はまだまだこれからであり、将来的には人の行き来がますます増えることだろう。今でもナイジェリアにおける黄熱病などが各国で警戒されているが、未知の病気などが入ってくるリスク、または渡航先で未知の病気を渡してしまうリスクというのは潜在的には存在する。
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