投資に役立つ『全世界史』(14):インドではないことの証明

コロンブスは上陸した「新大陸」を死ぬまでインドだと思っており、上陸した島々は「西インド諸島」と呼ばれ、後にアメリゴ・ヴェスプッチが探検して『新世界』であることを発見し、その名が由来となって「アメリカ」と名付けられた。

これ自体は世界史の教科書に出てくるので多くの人が知っているだろう。しかし、アメリゴ・ヴェスプッチは如何にして「新大陸であること」を証明したかについては世界史の授業ではそれほど取り上げられていた記憶は無い。

このシリーズは、出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介するものである。今回から下巻である。

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今回は下巻第四部5章「クアトロチェント」である。この章はメディチ家やら百年戦争やら複雑な歴史が僅か40ページあまりでまとめられているので、他の章に比べれば巧い整理とは言えない。

決してアメリゴ・ヴェスプッチの話も詳しいわけではないが、帰納法について改めて考えるきっかけとして良い。アメリゴ・ヴェスプッチについての言及は以下の部分のみだ。

 フィレンツェの探検家、アメリゴ・ヴェスプッチは、コロンのバハマ諸島到達から五年後の1497年に、新大陸を探検しました。彼はそれから数度にわたって同地を踏査して、この大陸がインドではないことを立証しました。昔、ブッダがいたとか、インド西部にグジャラートという交易の盛んな地方があることなど、誰もインドのことを知らないので、これはまったく新しい大陸であると確信したのです。アメリゴは1503年に論文「新世界」を発表します。

 そして、この新大陸は1507年、ドイツの地理学者ヴァルトゼーミュラーの世界地図によって、彼の名前にちなんでアメリカと命名されたのです。

出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫(pp. 63-64)

ここでコロンはコロンブスのことである。日本ではラテン語由来のコルンブスから転じた呼称を使うが、世界的にはコロンである。著者は一貫して人名等は国際的な呼称を利用している。また、バハマ諸島は西インド諸島の一部で、実際にコロンブスが上陸したのはサン・サルバドル島だ。

アメリゴ・ヴェスプッチは従来、4度の航海を行ったとされるが、元々著書とされていた『四回の航海』は本人のものではないという説が有力であり、航海として信憑性が高いのは2回目と3回目だけである。

上記引用では「インドでないことの証明」に使われた例がさらっと書かれている。多くの人にブッダやグジャラートについて聞いて回ったということだが、これは「帰納法」と一言で片付けてしまうのは容易いが、実際に行なうのは凄まじい労力である。

投資の意思決定に使う推論プロセスとして、大きく演繹法と帰納法に分けるとしよう。

例えば演繹法であれば「営業キャッシュフローマージンが20%を超えている企業を選ぶ」など指標でのスクリーニングが挙げられる。これは「営業キャッシュフローマージンが20%を超えている企業は良い」という仮定から企業を決める事であり、仮定が合っていれば結論は正しいし、間違っていれば結論も誤りだ。

投資の意思決定における帰納法は何か。例えば「同一業界で企業Aと企業Bと企業Cのパフォーマンスは高いが、企業Dだけパフォーマンスが低い」という事実があった時、企業Dの個別要因に問題が無ければ「企業Dが過小評価されている」と判断されていると考えることが挙げられる。他にも、多くの企業の財務諸表を分析して新しい指標を作ることも帰納法的な推論である。

演繹法はお手軽であるが、指標を盲信すると失敗しやすい。だからと言って帰納法はサンプルを適切に抽出しないと、これまた誤った結論を見出してしまう。

アメリゴ・ヴェスプッチは、少なくとも2度は航海を行い、綿密な実地調査により「インドである証拠」を徹底的に探した。それでも「どうしてもインドであるとは言えない」という事実から「やむを得ずインドではないと主張した」というわけだ。

投資における意思決定には演繹法も帰納法も両方使う場合が多いと思われるが、どちらにも一長一短があり、誤った結論を導出しないように慎重に慎重に推論を重ねていく必要がある。

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫


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