観光地としての岐路に立たされるベトナム・ホイアン

年間350万人が訪れるベトナムでも屈指の観光地、ダナン中部の街ホイアンは活況であるが故、様々な問題を抱えている。

ホイアンの旧市街は世界遺産に指定されており、ビーチや五行山など観光地も多いダナンや、チャンパ王国の遺跡であり世界遺産のミーソン聖域からもアクセスが良く、急成長するダナンに併せて街の収容能力を大きく超える観光客で溢れている。(他にもダナンより北部にグエン王朝時代の王宮があるフエなど、ダナン・ホイアン・ミーソン・フエを廻るツアーは定番である。)

ホイアンには景色を楽しめるカフェやバーなども多く存在し、ランタン祭りの時は夜も大変な人の量だが、深刻な騒音が問題となっている。

ホイアン文化情報局によると、法定閾値である72デシベルを満たしていない騒音公害が多発しているが、調整や処罰のメカニズムが無いため、対応ができていない状態であるという。

当局は、騒音公害を減らすためのガイドラインの設定や、騒音計の設置などを行うことで当局の責任の明確化と厳格な運用が必要という見解を示している。

また、施設の老朽化も問題となっている。ホイアンは歴史的な理由で日本・中国・ベトナムの折衷様式の歴史的建築物が多くある。これが世界遺産指定の理由だが、木造で古いため、老朽化が問題となり、改修の仕方や予算も問題となっている。

つい先日も来遠橋、通称「日本橋」の改修計画が難航しているというのが問題になった。

詳しくは以前の記事に説明を譲るが、ホイアンは朱印船貿易の重要な目的地だったため、当時は日本人町が形成されていた。

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その時、日本人町と中国人町を結ぶようにしてできた橋で、橋自体が寺になっており、どちらかといえば中国様式だが、作ったのが日本人ということでが日本橋(または寺橋)と呼ばれている。

江戸幕府の鎖国の進展によって日本人町は無くなったため、今では僅かに地名として痕跡が残るのみだ。しかも、当時の行政区画が「○○社」と「社」を使うのが一般的であったのに対し、日本人町は「日本営」と「営」を使っており、日本橋の西側に「営」という名を持つ区画が残るだけだ。ベトナムは今は漢字を使わないので、知っている人は非常に少ない。(松本, 1969)

橋自体が一つの木造建築物なので、柱の部分に強度が求められるが、木の柱は劣化が早く、改修コストが問題となっている。恐らく、今後この種の改修問題は多くの建築物で生じると思われる。

このように、人の多さと老朽化で問題となるホイアンだが、工夫している点もある。まず、世界遺産となる旧市街の建築物の入場は全てチケット制となっている。枚数は失念したが、10枚ほどのセットチケットを事前に買っておき、建築物や博物館などの入場の際に切り取って渡すという方式だ。

最初にまとまった金額を払っておく必要があり、関西人としてはチケットを全て消化しないと勿体無いと思ってしまう焦燥感が出てくるのは難点だが、町の保護や人の往来の調整としては非常に有効と思われる。

また、旧市街では自動車の走行が禁止されている。観光をする上で安全であるだけでなく、違法駐車など景観を損ねる要因も排除される。全て歩いて廻るには大変だが、至るところで安いレンタサイクル屋があるので、筆者も自転車をよく利用していた。

しかし、これでも対策は不十分であり、行政が主体となって観光公害(オーバーツーリズム)を抑制する措置が必要となろう。

参考文献

松本信広(1969)『ベトナム民族小史 』岩波新書

Vietnam Net, “Hoi An tackles noise pollution”, 14 May 2019

ベトジョー「ホイアンの日本橋、老朽化が進むも改修案まとまらず」2019年5月15日

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