投資に役立つ『全世界史』(20):「国力」の変化

人間は稀なリスクを過大評価する傾向がある。インフルエンザの死亡リスクよりも新型コロナウイルスの死亡リスクを過大評価してしまったり、9.11同時多発テロの後に米国人が飛行機旅行を避けて自動車旅行をするようになって余計に死亡率が高まったり様々だ。

要は多くの人は「比率」で考えられないのだ。第一世界大戦後の日本の戦略的失敗にも「比率」の無視が見られる。今回はそういう部分を追うとともに世界の「国力」という価値観の変化についても考える。

このシリーズは、出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介するものである。今回は下巻第五部5章「二つの世界大戦」である。

前回:投資に役立つ『全世界史』(19):ハブ空港・港湾の変化

日本がアメリカに戦争を挑んだのは無謀だったと言われる所以は、軍事力だけでなく資源や経済力などが重要だったからである。1913年当時、アメリカのGDPは世界GDPの19.1%を占めていたのに対し、日本は2.6%である。

ちなみに力をつけていたソ連が8.6%、ドイツが8.8%である。ソ連の南下策に対してできたのが日英同盟、ドイツの3B政策に対して大英帝国が採ったのが3C政策である。

第一次世界大戦後の国際協調の中で行われた1922年の軍縮会議で結ばれたのがワシントン海軍軍縮条約である。ここで決められたのが戦艦・航空母艦の保有比率を

$$米英:日:仏伊=5:3:1.75$$

に定めるものだった。しかしこれに対して日本では国辱として捉えられることになる。上で見たように1913年時点で7倍以上のGDP格差(1922年なら10倍以上)があったにも関わらず5:3で済んだというのは寧ろ日本に有利な条件であった。

しかし日本は、戦勝国の一員であるということで五:五と肩を並べようとした。問題を実質で見ないで観念で見てしまう風潮が日本に出始めます。

出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫(pp. 342-343)

ここでの「観念」という用語の使い方はやや特殊であるように思えるが、ニュアンスとしては分かる。「実質」は上で言う「比率」の話だ。

なかなか比率(実質)で考えられないのは日本人に限らず冒頭で指摘した通りだが、日本の戦略的失敗の要因としてもう一つ指摘されているものがある。

第一次世界大戦が総力戦でした。つまり、軍事力だけではなく、国全体の経済力、生産力で争う戦争です。ということは、極論すれば国力はもはや軍事力ではなく、国力≒GDPの世界に入っていたのです。日本がアメリカと互角に戦うことは不可能でした。

出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫(p. 313)

要するに「比率」で考えられないだけでなく、国力の価値観が変わっていることにもついていけてなかったということである。

この「比率」と「国力」についての誤りは現代的にはどのような意味を持つだろうか。

「比率で考えることは大事」というのは改めて言うまでもないだろう。重要なのが「国力」で、国力の価値観が更に変化しているということである。それは「一人当たりGDP」である。

どうしても国の統計によりGDPを意識しがちだが、今や一人当たりGDPが重要である。(労働生産性でも何でも良い。)日本のGDPが中国に抜かれて3位になって久しいが、一人当たりGDPだと2019年で26位である。(参考:世界経済のネタ帳

中国の1人当たりGDPは70位だが、中国と比べている間に、国際的な価値観では3位(GDP)から26位(1人当たりGDP)に落ちている。

これは人口減少と労働生産性の低さに起因するので、それらは対処すべき問題である。しかし、それが以前と比べて不幸かと言えば「本来は」必ずしもそうではない。

失われた20年やら30年やらと言われていたが、それでも日本の一人当たり購買力平価GDPは着実に増えている。その間技術進歩で生活も便利になり、様々な物やサービスが安価に手に入るようになった。

日本の一人当たりの購買力平価GDP(USドル)の推移(1980~2019年)
出典:世界経済のネタ帳

これが将来的には、ヨルゲン・ランダースの『2052 今後40年のグローバル予測』で言う「グロークライン(Growth + Decline)」と呼ばれるものに変わり得る。一人当たりGDPのGrowth(成長)とGDPの減少(Decline)が同時に起こることを言う。今はGDPも増えているが、労働生産性の伸びが停滞し、それ以上に人口が減少すればグロークラインとなる。

過去の価値観が「GDP」で、将来の価値観が「グロークライン」とすれば、「1人当たりGDP」で見るようになってきている現代社会はその過渡期ということになる。

価値観が変わっていけば、使われる統計も変わってくるので、投資において考慮しなければならない数値も分かる。そして価値観が変わればビジネスの在り方も変わるだろう。

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫


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この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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