独裁政権を維持するには何らかの権威付けが必要である。それがローマ教皇に戴冠してもらうのか、個人崇拝をもらたすような「伝説」を作るのか、はたまた武力で権威を維持するのかは別にせよ、何らかの裏付けが無くては政権の維持は難しい。今回はそんな話である。
このシリーズは、出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介するものである。今回は下巻第五部6章「冷戦の時代」である。 このシリーズも今回でいよいよ最後である。
この章は戦後史が綺麗にまとめられているが、出口氏独自の切り口といったものは少なく無難な整理である。その中で、文化大革命後に復活した鄧小平についての以下の記述が現代的には意味があろう。
鄧小平は、毛沢東が終生、共産党主席の座に君臨したのとは異なり、胡耀邦(総書記)や趙紫陽(首相)を前面に立て、自分は後ろに回るスタイルを取りました。毛沢東が第一世代のリーダーで、鄧小平は第二世代のリーダーとなりました。さらに鄧小平は第三世代、第四世代のリーダーまで指名しました。すなわち江沢民と胡錦濤です。キングメーカーが決めたことですから、江沢民と胡錦濤には大きな権威の裏付けがありました。しかし第五世代の習近平にはそのような権威の裏付けがありません。そのあたりに、彼の行動を解く一つの鍵があるような気がします。
出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫(p. 427)
注:太字は筆者による
まさに習近平に権威がなかったことが、2018年の憲法改正で「国家主席の任期撤廃」だけでなく、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を盛り込んだ理由である。前文にはこれまでマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論が書かれていたが、それに続く形というのがポイントである。
さて、中国よりももっと権威付けが危ういのが北朝鮮である。北朝鮮は金日成、金正日、金正恩と親子世襲で独裁政権が続いている。金正恩自体は軍の求心力がいまいちだったが、「粛清」に加え「3歳で銃を打てるようになり6歳で馬に乗れるようになる」など軍事的な「伝説」で権威付けしようとしたことは記憶に新しい。
しかし、曲がりなりにも金正恩は直系の息子である。金正恩には3人の子供がおり、少なくとも第1子は男児であり後継者問題は無いが、2010年生まれであり実際に政治の場に出てくるのは当分先である。
本来なら1984年生まれの金正恩(2020年時点で36歳)は長きに渡って指導者の立場を維持するはずだが、どうやら本人の体調が良くないらしい。真偽不明だがフランスから医師が出入りしているという情報も流れている。
そんな中で後継者として指名されたのが金正恩の妹である金与正である。金与正は一時は表舞台から顔を見せていなかったが、幾つかの報道で後継者として内定したと伝えられている。
デイリーNKジャパン「金正恩氏「健康不安」で妹・金与正氏を後継者に指名か」2020年2月25日
血を引いているとは言え、これまでの世襲の形式から言って金与正の権威は不十分である。現時点では後継者としての内定だけでなく粛清も進めているようだ。無論、金正恩の息子が成長するまで保たせれば十分という見方もあるが、金正恩が急逝することがあれば政権が不安定化しかねない。