投資に役立つ『全世界史』(7):首都移転の効果

今回も引き続き出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫 より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介していく。今回は第三部3章「ムハンマドなくしてシャルルマーニュなし」である。

この章で筆者が着目したのは、アッバース革命以後のダマスカスからバグダードへの遷都である。新首都を文字通りゼロから造営するという大規模な公共事業により、8世紀後半のイラクは好景気であったとされる。現代でも首都を移転するという事は少なからずあるが、歴史から学べることはあるだろうか。

首都バグダードの誕生と経済効果

前回の投資に役立つ『全世界史』(6):イランのロジックで述べた通り、ウマイヤ朝はイスラム指導者カリフについて実力主義のスタンスに立つ主流派スンナ派の地位を固めた。それでもアリーの血縁を重視するシーア派の勢力は根強く、また、征服されてイスラム教に改宗したマワーリーと呼ばれる人も、ウマイヤ朝のアラブ人優遇策がコーランが掲げる「神の前の平等」と異なるとして不満を持っていた。

その結果、イランで反乱が起こりイラン全土を平定した後にイラクに進撃することになる。しかし、最終的にカリフとして推挙されたのはアリーの一派ではなく、ムハンマドの叔父の家系アッバース家の当主サッファーフであった。シーア派は裏切りにあったとされており、一連の事件がアッバース革命と呼ばれるものである。

アッバース家はイランからイラクに西征し、更に西に進みウマイヤ朝の首都ダマスカスも制圧し、ウマイヤ家の殆どを殺害した。逃げ延びた王子がスペインで後ウマイヤ朝を再興するが、いずれにせよアッバース朝はイランからシリアに渡って勢力を広げることになる。

アッバース朝が拠点としたのはイラン東部のホラーサーンと呼ばれる地域である。ここは東方貿易の拠点でもあり、遊牧民がペルシャに侵入する地点でもあり、遊牧民対策は必要だが重要な地域である。

しかし、ホラーサーンとシリアの首都ダマスカスは距離が離れすぎている。そこでアッバース朝の二代カリフであるマンスールは、バグダードに遷都した。これが首都移転の背景である。

 マンスールがバグダードの建設を推し進めたのは、インド洋交易と地中海交易を結ぶためでもありました。(…)マンスールが開いたインド洋交易圏と地中海交易圏を結ぶルートは、クビライによってさらに東へ展開して中国の広東と結ばれ、「海の道」として完成します。

 この新首都建設は大公共事業でした。大都市をゼロから造営するためには、さまざまな公共施設をつくらねばなりませんし、人間が生活を営むためのあらゆる物資が必要になります。つまり八世紀後半のイラクを発信地に、空前の好景気が訪れました。木材は東アフリカのタンザニアあたりから伐り出されたという記録が残っています。

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫(p. 212

安易な首都移転は失敗する。

現代の首都移転と言えば、今議論真っ最中のインドネシアの件が想像される。インドネシアについては、移転元のジャカルタ都民は圧倒的に反対が多く、移転先に近い方が賛成者が多い。これは開発や政治・経済の中心の移転により恩恵を受ける人やそうでない人がいるから当然である。

問題なのは全体として効率的かどうかである。まず、移転には大規模なコストがかかるため、国家に財政負担を多く強いることになる。その上で、経済的な影響や投資などについてどのような影響があるかを考慮しなければならない。

バグダードの例は、ゼロから都市を造るという意味で莫大な有効需要を創出したという点が大きいが、それよりも東西交易の拠点を結びつけるための大域的な計画であったのが成功条件の一つであったと考えられる。

歴史を見れば適当な遷都は少なくない。例えばスペイン帝国のフェリペ二世によるマドリッド(マドリード)への遷都である。あれは基本的にはマドリッドがスペインの中心に位置するのが美しいというのが理由である。しかしマドリッドは夏は過酷な暑さであり立地としては良くない。シェスタの文化が生まれたのも、この適当な遷都が理由である。

20世紀初頭にまで遡れば、オーストラリアが1901年に英国から独立した後、首都として選ばれたのはキャンベラである。なぜキャンベラかと言えば、当時から中心都市であったシドニーとメルボルンで論争があった挙げ句、間に位置する場所から選んだというのが理由である。

キャンベラの位置
出典:国土交通省

下手な折衷案ほど悪手な解決策は無い。キャンベラは政治の中心地であり公務員が多い。特に1990年代は行政のスリム化により多くの公務員が解雇されたことにより人口が減少した。最近はACT(オーストラリア首都特別地域)政府は産業育成などに力を入れて移民などを中心に人口が回復しているが、最近は伸び悩んでいる。

オーストラリア首都特別地域の人口推移と予測
出典:ACT Government, “Act Population Projections 2018 to 2058”(PDF注意)

野邊(1999)も以下のようにキャンベラを首都として選んだことは失敗だと評している。

就業機会が政府に集中していることを是正するため、ACT政府はキャンベラを産業都市として育成しようとしている。だが、キャンベラは内陸に位置し、経済活動のためには立地条件がよくないので、民間企業が誘致に応じず、産業が育たないのである。場所の選定では、キャンベラは失敗であったといえるだろう。

野邊(1999: 87)

インドネシアの首都移転を広域的に見る

インドネシアの首都移転先である東カリマンタン島はどうだろうか。まず首都移転の理由がジャカルタの水没危機の対策であり、ある程度都市が存在し、更に平地が多く、地盤沈下のリスクが小さいとなれば候補地は限られる。移転先は泥炭火災のリスクもあるが、それは除いたとして東カリマンタン島は、航空輸送を考えれば良いが海上輸送がやや不利になると言える。

東カリマンタン島東部は、自身を挟んで東南アジア(タイやマレーシア、シンガポールなど)からの距離が遠くなる。一方でオーストラリアやフィリピンといった広域で見れば航空輸送は有利な位置である。一方で、海上輸送に関しては自身を迂回して大陸方面に向かわなければならないのが不利である。

参考文献

野邊政雄. “近年におけるキャンベラの都市開発の変容.” 日本都市社会学会年報 1999.17 (1999): 73-90.

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫


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