先日、インドネシアが2024年中に首都をジャカルタから、東カリマンタン州バリクパパン近郊に移転開始することを明らかにした。
移転する理由には、
- ジャカルタおよびジャワ島の過密問題
- 世界最悪とも言える交通渋滞
- ジャワ島とジャワ島外の格差是正
- 海面上昇と地盤沈下に伴う水没の危機
過密問題・交通渋滞・格差問題は全て経済的な問題で互いに密接しており、交通渋滞はラストワンマイル問題など今後の経済成長などにおいても解決すべき問題である。
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そして海抜ゼロメートル地帯が半数近くに達すると言われるジャカルタにおいて、更に海面上昇と深刻な地盤沈下により洪水が増加していることも重要な移転理由である。
しかし、移転すれば全て解決というわけではない。政府案では移転先の選定理由の一つに「自然災害が少ない」ということが挙げられている。
現時点ではそうでも移転することで大きな火災リスクが生じるのではないか、という懸念を示しているのがオーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院のルカ・タッコーニ教授である。
インドネシアの首都移転はジャカルタの問題を解決せず、ボルネオ島の火災リスクを上昇させる(The Conversation)
- 首都移転によって少なくとも150万人がジャカルタから移動すると予想される
- 首都の移転先は泥炭地が美しいマハカム湖からそう遠くない地域
- 泥炭火災はインドネシアなどのヘイズの主因
- 首都移転に伴う森林伐採や焼畑農業が泥炭火災のリスクを高める
- ジャカルタの人口は毎年25万人ずつ増えているので、150万人が移住しても地盤沈下の問題は解決できない
- 首都移転の前にジャカルタの交通と地盤沈下の問題に十分に対処すべき
- 首都移転先が火災とヘイズの問題を悪化させないことを確認すべき
補足
「泥炭」とは誤解を恐れずに言えば泥のような状態の石炭である。石炭の一種なので「可燃性が高い土」であり、山火事が広がる要因となっている。
今年は東南アジアで深刻な干ばつが原因となって多くの森林火災が発生し、泥炭火災となって延焼し、ヘイズ(煙害)の問題を引き起こしている。
開発によって泥炭火災の発生リスクが高まるというのには2つの理由がある。
まず、記事にも書かれている通り、規制されているにも関わらずインドネシアでは相変わらず焼畑農業が横行しており、直接的な森林火災の原因となっているということが挙げられる。泥炭地で森林火災が発生すれば、土自体が可燃性が高いので延焼が起きやすい。
そして、熱帯雨林においては、単純な森林伐採においても伐採した周縁部は火災リスクが高くなる。
これは今ブラジルのアマゾンで問題となっている大規模な森林火災と同じ状況が発生する可能性があると考えられる。熱帯雨林の開発によって森林伐採を行えば、農地などと熱帯雨林が隣接する「へり」が生じる。この部分はアマゾンでは以下のようなメカニズムで火災リスクが高まったと考えられている。
熱帯雨林の周縁部では環境が大きく変化する。木々の生い茂るアマゾンの奥地は暗く湿度が高いが、農地などと隣接する“へり”の部分では湿度が大幅に低下し、気温も急上昇する。湿度が下がって菌類が減ると、落ち葉などの分解が進まなくなり、残されたものが乾燥して枯れ葉となって火災が燃え広がりやすい環境が生まれる。
WIRED
インドネシアにも熱帯雨林が多くあるが、泥炭地はそれ以上の問題を引き起こす可能性がある。WWFジャパンが指摘するように、泥炭地は地球の陸地面積のわずか3%に過ぎないが、世界中の森林を合わせたよりも多くの炭素が蓄積されている。ここで大規模な泥炭火災が発生すれば、火災だけの問題だけでなく、大規模な温室効果ガス放出にもつながる。
また、首都を移転すると言ってもジャカルタを捨てるわけではないので、既存の問題は多く残るという指摘も重要だ。
そもそもジャカルタで地盤沈下が大きな問題になっているのは、水道インフラが不十分で多くの住民が井戸水に頼らざるを得ず、地下水を汲み上げていることに起因する。そして、水道インフラを改善しようにも、水道管を通す上で重要な道路網が適切に整備されていない。
つまり、交通インフラを解決した上で水道インフラを解決しない限り、ジャカルタの地盤沈下の問題は解決しないということである。
今後も首都移転に向けて慎重な議論と開発が行われることが期待されるが、潜在的にこうした問題があるということを認識しておくことは重要だろう。
参考文献
[3]WIRED「アマゾンの森林火災は“必然”だった──急速に進む恐るべき「緑の喪失」のメカニズム」2019年8月28日