投資に役立つ『全世界史』(6):イランのロジック

今回も引き続き出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫 より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介していく。 今回は第三部2章「一神教革命の成就」で、イスラム教の成立からスンナ派とシーア派の分裂、イスラム教の商人としての合理性、多神教の駆逐による一神教革命の成就が整理されている。中でも、スンナ派とシーア派の分裂の過程はよくまとまっている。

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イスラム教の成立と後継者争い

イスラム教を大雑把に分ければスンナ派とシーア派であり、スンナ派が大多数であることは誰でも知っている。では、その違いは何か、なぜスンナ派が多数派なのかという点についてはそれほど有名ではない。

メッカのクライシュ族出身の商人ムハンマドは、40歳の頃にメッカの郊外のヒラー山の洞穴でアッラーの啓示を受けて預言者としての自覚を持つ。しかし、クライシュ族は多神教の部族であり迫害を受けたので、ヤスリブ(現マディーナ)に逃れる。これがいわゆるヒジュラであり、イスラム暦の始まりとなる。

軍人としても政治家としても優れていたムハンマドはクライシュ族を破り、短期間で一神教を完成させるが、ヒジュラから10年ほどで亡くなってしまう。その後を継いだのがカリフ(預言者の代理人)である。初代カリフのアブー・バクルと二代カリフのウマルが勢力を拡大していくことになる。

しかし、ムハンマドが無くなったことで後継者問題が出てくる。第三代の争いとして、ムハンマドのいとこで娘婿アリーと、ウマイヤ家のウスマーンが選挙で争うことになる。これは「血筋」と「実力」というスンナ派とシーア派の分裂の萌芽であり、選挙ではウスマーンが勝利して第三代カリフに就く。ウスマーンの時代にコーラン(クルラーン)の編纂が行われたが、完成後に暗殺されてしまう。

なぜシーア派は少数派なのか

その後にアリーが第四代カリフになるのだが、ところでアリーまでの「正統カリフ時代」は、ムハンマドが啓示を受けたヤスリブ(マディーナ)で慎ましく暮らしながら政治を行っていた。しかし、ウマイヤ家のムアーウィヤは国が大きくなったのでダマスカスのような大都市で統治すべきと考えて対立することになる。

両者は最終的に休戦し、アリーが「忠誠を誓う」事を条件にムアーウィヤを許すことになるが、それに反発したのがハワーリジュ派である。ハワーリジュ派は両方の暗殺を試み、アリーは暗殺され、ムアーウィヤは逃れた。

ムアーウィヤは当初の意思通り首都をダマスカスとし、かの有名なウマイヤ朝を開き、以後のカリフに従った多数派がスンナ派と呼ばれる。

一方で暗殺されたアリーの2人の息子のうち次男フサインは、ウマイヤ朝に反発することになる。フサイン自身は殺されてしまうが、フサインの子供など「血筋」を重視して戦っていくことを目指すのがシーア派である。アリーをはじめフサイン一族を支持する党派を「シーア・アリー(アリーの党派)」といい、これがシーア派の由来である。

シーア派はムハンマドの血筋であるだけでなく、フサインの妻はササン朝ペルシアの皇女という伝承があり、両方の血を引くというのがシーア派最大のロジックである。但し、血筋は分裂してしまうので、シーア派は分裂による対立が増えることになる。

その中で主流なのが十二イマーム派である。これはアリー以降の12人のイマーム(アリーの直系)が世界を救うのだが、12番目のイマームは9世紀以降「隠れている(ガイバ)」という考え方を持つ。

現代のイランのハメネイ氏は12番目のイマームが再臨するまで代わりに国を治めるというロジックを使っている。

 イランの高等学校の教科書はガイバについて次のように説明しています。

 イマームが隠れてから何百年以上も経っているけれど、それは不思議ではない。セム的一神教の最初の預言者で一七五歳まで生きたとされるアブラハムのように、人間が長く生きることは昔にもよくあった。すなわちイマームは生きていて、いずれ現れると。そう今でも教えているのです。

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫(p. 173)

このようにシーア派は一般的に宗教学的に言われるように神秘主義的な側面を持つ。一方でスンナ派はカリフの資格はアリー一族だけでなく、アリー以前のアブー・バクル、ウマル、ウスマーン にもあると認める。最初の3代を「正統カリフ時代」と呼ぶことがあるのはこのためである。

こうした歴史や背景から考えると、中東での対立が根深くどうしようもないことも分かれば、イランの中でも反政府的な運動が多い理由がよく見えてくる。

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫


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