安易にNFTアートを出品・落札するのはリスクである

Twitter創業者のジャック・ドーシー氏が最初のツイートをNFTとして出品して約3億円で落札された事で日本でも大きな話題となり、各国で続々とデジタルアートをNFTとして出品する動きが続いている。Beepleの’Everydays – The First 5000 Days’というデジタルアートは75億円で落札されるなど、その高額さには驚かされる。

デジタルアートをNFTとして出品しても、その作品自体のコピーは免れないし、何なら作品のコントラクトアドレスとトークンIDを使ってクエリを生成して叩けば、誰でもデジタルアート自体をダウンロードできる。

それでも「価値がある」と言えるのは、「○○に最初に△億円支払った」という価値であり、これは現代アートで資産家が芸術史を「作る」文脈と同じである。(現代アートの価値形成については過去記事でも言及している。)

しかし、安易にデジタルアートをNFTとして出品することには大きなリスクを伴うことに注意しなければならない。

確かに私はNFTによるデジタルアートには価値があると言った。それに嘘偽りは無い。しかし、既存のNFTアートの取引プラットフォームを介した出品にはリスクがある。

それはIPFSゲートウェイの閉鎖リスクである。

デジタルアートをNFTとして出品した場合、NFTに含まれるのは、あくまでもコントラクトアドレスとトークンIDである。前者によって、確かにNFTアートが取引された履歴を証明でき、それがNFTアートの価値の源泉と言える。しかし、後者はあくまでもIDであり、実際の作品は(大きなデータの場合、)IPFSネットワーク上の分散台帳にテキストとして散らばっている状態である。

P2Pを使ったIPFSネットワークはコンテンツ指向のネットワークと言われ、既存のHTTPのようなロケーション指向のネットワークである。ロケーション指向と言えば、http://***.$$$.com/aaa/bbbのように「場所」を中心としたネットワークで、最上部のドメインによってaaaやbbbが管理されている形だ。

対して、コンテンツ指向ネットワークは、場所ではなく「コンテンツ」が中心となっており、NFTアートの場合、そのトークンIDを指定することで、作品にアクセスするという形である。

しかし、IPFSネットワークも、あくまでも既存のHTTPネットワークの拡張で作られたものである。HTTPネットワークからIPFSネットワークには、既存のURLの形でアクセスすることになる。この時、HTTPネットワークからIPFSネットワークへの経路を提供するIPFSゲートウェイが必要となる。

現状、幾つかのプラットフォームを中心にNFTアートが取引されており、IPFSゲートウェイも用意されている。実際、NFTトークンのコントラクトアドレスとトークンIDを叩いて出てくるのは、作品へのURLである。

では、運営者の閉鎖などでIPFSゲートウェイが無くなるといったケースがあればどうだろうか。確かに作品自体は(ネットワークを維持する人がいる限り)IPFSネットワーク上の分散台帳に残り続ける。しかし、そこへの経路が無くなればアート自体にアクセスする余地はなくなる。

勿論、NFTトークン自体は残り続ける。そのコントラクト履歴も健在だ。問題は、実際のアートへのアクセス経路が絶たれた状態で、NFTトークンの価値があるのかという点である。

NFTトークンの保有者でなくても作品にアクセスする事はできるので、作品自体は重要でないという考え方はあるかもしれない。しかし、単なるコントラクトアドレスとトークンIDだけの代物であって、無価値ということにもなるかもしれない。

どちらの可能性もある。例えば、世界で初めて発行された映画チケットがあったとしよう。それがどれかは知らないが、恐らく現存数が少ないので希少価値がついているだろう。勿論、この映画チケットで「映画を見ることはできない」が確かに価値はある。

筆者の予想では、ジャック・ドーシー氏の最初のツイートといった「象徴的なNFT」の価値は残り続けるだろう。しかし、その後、雨後の筍の如く出品されたNFTアートの類は、もしIPFSゲートウェイが失われてしまえば価値を失ってしまうのではないかと考えている。

余談だが、現代アートで有名な村上隆氏は、NFTアートの出品を検討していたが、先日、Instagramで一旦断念するという報告をしていた。

当初は「まずはやってみよう」の精神で、手探りの状態で作品の準備からNFTマーケットプレイスへのエントリーまで進めました。大変スピーディーに準備が出来たと考えています。

一方で、様々なコレクター様や専門家様、有識者様からの貴重なご意見やアドバイスなども頂戴し、私と担当チームは議論や認識を深めました。

NFTの長所を生かし、コレクター/オーナーの皆様の利便性、作品所有の満足度や安心感を最大化するためには「作品のコンセプトを踏まえ、ERC721や1155のメリットとデメリットを考慮した選択」「独自のスマートコントラクトの要否」「独自ストアフロント構築の要否」「IPFSの要否」その他、さまざまなテーマに対して慎重な検討と議論を重ねて、より最適な形式でNFTをご提供して行くのが良いだろうと考えました。

出典:Instagram, @takashipom

今後、別の形式でNFTアートを前向きに検討するという旨は述べているが、現在あるようなプラットフォームでの提供は断念したということだ。特に、独自ストアフロントやIPFSについて言及されているように、筆者と同様の懸念をしている可能性がある。

芸術家が資金調達、作品を売り込むための1手段としてNFTアートを検討するのは面白い。また、投機目的でそのアートを落札するのも博打としては面白いだろう。しかし、その本質的なリスクについてはよく理解しておくべきだろう。

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金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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