「新しい生活様式」は定着しない

新型コロナウイルスの緊急事態宣言延長に伴う「自粛」からの段階的な経済活動再開における「新しい生活様式」が専門家会議より発表された。その内容については多くの報道で紹介されているのでここでは改めて触れないが、以下の専門家会議のスライドの通り、新規感染者数が限定的となった地域は「新しい生活様式」を実施し、また再発すれば徹底的な自粛を行うという形だ。「新しい生活様式」は①早期診断及び治療法の確立により重症化予防の目途が立つか、 ②効果的なワクチンができるまで続くのである。

ではこれがいつまで続くかについては、2年なり3年なり長期間続くのではないかという予想が多い。そして、それだけ長く続けば元の社会には戻らないのではないかという予想も多く見かける。

しかし、筆者はそうは思わない。数年という「短期」で見れば元に戻らないように見えるかもしれないが、十年~数十年という長期で見れば元に戻っていると考えている。

そもそも、今回の新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックと比較対象にされるのがスペイン風邪であるが、歴史的に見ればもっと多くの割合の人が亡くなった感染症はいくつもある。例えばペストは14世紀にヨーロッパで流行した時は「黒死病」と呼ばれて人口の1/3以上が失われたと言われる。ペストは欧州の歴史でも何度も流行し、菌やウイルスがよく分かっていない時代においても「検疫」や「疎開」の重要性は次第に知られていくようになる。

この検疫や疎開は現代において採られているソーシャルディスタンシングとやっている事は大して変わらない。しかし、新型コロナウイルス以前のヨーロッパ人を見れば、挨拶でハグや握手をするし、手は洗わないし、土足で家に上がるわけだ。これだけ多くの人間が死んできたにも関わらず、こうした文化は死ななかったわけである。

なぜ長く根付いた文化が死なないかと言えば、感染症でいくら人が死のうと、ソーシャルディスタンシングや「自粛」に協力していようとしていなかろうと、生き残った者だけが文化を伝えるからだ。まさしく生存者バイアスである。生き残った者が握手やハグの文化を伝えてきたのは、そうしていても死ななかったという側面はあるが、そうするだけのメリットがあったからであり、数百年以上に渡って続く文化はそう簡単には失われない。

これは経済的にも同様である。コロナ禍において店舗などは以下のいずれかの行動を取っているはずだ。

  1. 営業自粛している
  2. 工夫しながら営業している(営業時間短縮、消毒、デリバリーなど)
  3. 営業自粛要請を無視して通常通り営業している

社会からの反応は兎も角、経済活動が正常化した時に残っている企業は結局は「体力のある企業」である。パンデミック下において生き延びる人が結果的には「抵抗力の高い人」であるのと同様だ。

1.で生き延びる企業はかなり体力があるが残念ながらそう多くはない。2.で生き延びる企業は創意工夫があって良いが、問題は通常時と比べて緊急時のビジネスとどちらが儲かるかだ。大抵は正常時のビジネスのやり方の方が儲かっているはずだ。3.は言うまでもない。そうすると、結果的には経済活動が正常化すれば元のやり方に戻っていくはずである。「握手をしなくても生きていけるが、握手した方が良いから握手をする」のである。

さて、握手やハグの文化が無い日本においてはどうか。日本で新型コロナウイルスの猛威がいつ終わるかと言えば、冗談抜きで「マスコミが飽きた時」だと思っている。山ほど死者が出ている諸外国ですら、半ば諦めムードの中、経済活動を再開しようとしている。日本が緊急事態宣言を抜け出せないのは無リスク思想とマスコミの煽りのせいである。

逆に「海外が経済活動を再開しているから」という理由で再開するのが自然な流れではないか。いざ正常に戻ってしまえば、瞬く間に元の社会に戻るだろう。なぜなら日本人は忘れっぽいのである。マスコミが飽きっぽいと言っても良いが、顧客である日本人がそういう性質を持っているからこそ、すぐに熱中して飽きることができるのだ。新型コロナウイルスについては驚くべき注目度の維持である。

いざ戻ろうとすれば戻るのは簡単である。例えば、テレワーク一つとっても、日本企業では多くの業務がテレワークが可能なようにはできていないのだ。戻るのは簡単である。社会はそう簡単に変わらないのである。

尤も、オンラインスーパーなど今後技術の発達などで普及していくサービスは多くあるだろう。しかし、これは新型コロナウイルスが無かったとしてもいずれ技術進歩によって普及するはずだ。これをポストコロナの変化として捉えるのはまた違うだろう。

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金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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