今回も引き続き出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫 より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介していく。今回は第四部1章「ユーラシアの温暖化と商業の隆盛」である。 ここでは一般的に聖地エルサレムを奪還することが目的とされる十字軍遠征の違った観点からの見方からヒントを得る。
十字軍遠征が始まるための前提として1054年の大シスマ(東西教会の分裂)がある。これはカトリック教会のローマ教皇と、東方正教会のコンスタンティノープル総主教が相互に破門して東西に教会が分裂したことを指し、この大シスマは1965年まで続くことになる。
元を一つにする東と西の教会が相互に破門し合ったということは、異教同士になったかのような徹底的な断絶です。ローマ教会の立場から見れば、東方の豊かな地は永遠に失われたのです。
出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫(p. 290)
当時のヨーロッパでは東方世界が豊かで文化的にも進んでいることは常識であった。西ヨーロッパも温暖化によって少しずつ豊かになっていたが、次男三男を中心に領地も食べ物も無い若者(ユースバルジ)の増加が深刻な問題であった。
その時にウルバヌス2世は、異教徒が占拠しているエルサレムを奪還するという大義名分を掲げ、更に聖戦に傘下する者には贖宥状(戦士したら無条件で天国に行けるという特権)を付与するとして若者を集めた。これが十字軍の端緒であり、若者を中心にこぞって出陣したというのが著者の見方である。
何も知らないイスラム世界の人々にとっては「フランクの侵略」(彼らにとっては、ヨーロッパはいまだにフランク人の土地でした。中国がタブガチュだったのと同じです)は、まさに寝耳に水の出来事でした。彼らは楽々とパレスチナへ侵入し、エルサレムを陥落され(1099)、財宝の略奪とイスラム教徒の虐殺を敢行しました。
同上(p. 295)
イスラム世界では専ら、野蛮な異教徒による突然の侵略であるという文脈で記述され、2000年にはローマ教皇が公式に謝罪している。
論者によって異なるが十字軍遠征は8回か9回は続くことになる。第1次は十字軍の大勝だが、他は第5次を除いて殆ど負けている。一般に戦争は「資源の奪い合い」の為に起こるケースが多いと言われる。十字軍の場合は西ヨーロッパの若者の困窮が原因であるという見方に立てば、それに該当する。
しかし、負け戦が続ければコストばかりかかることになるが、何故これほど持続したのか。
これについて著者は、
- イタリアの海の共和国の海軍力によって補給を持続できた
- 先進的な文化や文明の産物に触れて啓発された
- 余剰人口の排出に役立った
という3つの理由を挙げている。1は戦争自体の遂行に対する理由で、2は東方世界と断絶していたことによる文化的格差を吸収するための理由である。
興味深いのが3で、豊かな東方に戦争に行くことになれば、そのまま東方に移住・亡命する人も少なかっただろうし、そもそも戦争で命を落とす人も多くいる。これを含めて「余剰人口の排出」と考えれば、戦争は「資源の奪い合い」の為に起こるという言説を少し修正するものになる。
「資源が足りない」ということは、資源の供給よりも需要の方が多いということだ。戦争による収奪で供給を確保することも解決策の一つだが、そもそも人が減るのであれば需要が減るのだから、それでも資源不足が是正されることになる。
現代においては「戦争は儲からない」という言説は多いが、これは単純に費用対効果の話をしているわけである。しかし歴史を紐解けば戦争は耐えなかったのだから、戦争はペイすると認識されていたのだろう。とすれば、間接的な効果として人を間引けるというのは重要な側面であり、戦争は「資源の需給バランスを是正する」為に起こると認識した方が正しいのではないか。
次回:投資に役立つ『全世界史』(11):朝貢、ODA、一帯一路