産業と伝統の間で揺れるベトナムのヌクマム

ヌクマムはベトナムの魚醤で、タイ料理におけるナンプラーとよく似たものだ。魚を塩で漬けて発酵させたものだ。(前者の方がやや塩気が弱くて食べやすい印象だ。)このヌクマムについて、ベトナムの農村開発省(MARD)が出した新たな基準の草案「TCVN 12607:2019」が物議を醸している。

ヌクマムの市場シェアの65%を占める大手食品会社マサングループ<HOSE:MSN>に有利な内容で、伝統的な製法でヌクマムを製造している業者から猛反発が出ているからだ。今のところ、反発を受けて基準の適用を見送る事が発表されたが、マサングループの不正の疑いなども指摘されており、重要な問題となっている。

問題となっている基準

基準のうち問題となっているのは以下の4点である。

1. 家畜検査の義務化

疫病などを防ぐための家畜の検査は、通常は牛や豚などの陸上動物とその加工製品を対象としたものが多い。新基準の対象は魚醤・魚なので、中小の製造業者にとって大きなコストになるだけでなく、必要性にも疑念が抱かれている。

2. ヒスタミン含有量規制

新基準ではヒスタミン含有量が400ppm以下であることが要求されている。マサングループなど現代的な食品工業製品としてのヌクマムは様々な調整が行われているのでこの条件を満たすが、伝統的な製法では魚と塩のみで作られるので、ヒスタミンの残存量が800-1000ppmと多くなる。

3. ボツリヌス菌と黄色ブドウ球菌の微生物制御

ボツリヌス菌と黄色ブドウ球菌も多くは肉・牛乳など陸上生物に適用されるものであり、こちらも家畜検査と同様に魚醤には過剰な規制だという声が多い。

4. ブライトタンク

新基準では、製造中のヌクマムを入れておく貯蔵タンクが、銀色のブライトタンク(ビール工場のを想像すれば良い)でなければならないという。伝統的な製法では木樽やセメントタンクが多く使われているが、これらの方法で品質や安全性が損なわれるわけではないという見方が強い。(冒頭画像は伝統製法による魚醤の木樽)

基準策定時の不審な点

ベトナム最大の島フーコックは伝統製法によるヌクマムの名産地であり、53もの工場が存在し、年間2,500万リットルを生産し、EUの原産地保護表示(PDO)を取得した最初のベトナム製品でもある。

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食品工業的なヌクマムと伝統製法によるヌクマムが分けられていないことなどが特に問題視されている。伝統製法業者ファンティエットヌクマムのレ・チャン・フー・ドゥック会長は、2017年時点では基準策定に当たって伝統製法によるヌクマム企業として呼ばれ、当初は両方が区別されていたが、2018年にマサングループが参画して以来、区別する項目が無くなったと証言している。(VIET JO)

一方でマサングループは、国際慣行に従った基準であると草案を支持しており、東南アジアを中心とした魚醤の輸出や、欧米での東南アジア料理ブームに対応した輸出なども意図したと思われる。この意図自体は理解できるが、伝統製法と区別して問題があるわけではあるまい。

ベトナムにとってヌクマムな重要な背景

新基準でこれだけ大事になっているのは、ベトナムでは1年で1人当たり4リットルのヌクマムを消費するというヌクマム好きという食文化だけが理由ではない。(日本での醤油消費量は1人当たり平均2.45リットル)

2016年には保健省が行った「国内市場に出回る88のヌクマムの成分調査」で、全サンプル中67%から有機ヒ素が検出されたということで大騒ぎになったことがある。但し、一般的に危険なのは無機ヒ素であり、有機ヒ素の悪影響は一般的に小さい。ベトナムのヌクマムから検出された有機ヒ素も体外に排出されるので人体に問題は無いと見られている

この3年前の記憶があるため、国レベルのでの発表や、そこから広まる噂に非常に敏感になっていると見られている。

なお、騒動の中心となったマサングループの株価は、2月15日は86,500VND(-2.37%)と大きく下落した。

参考文献

Vietnam net, “What reasons behind policy making against Vietnam traditional fish sauce?”

VOA, “Nước mắm, Masan và mùi, vị của minh bạch”

VIET JO「問題のヌクマム基準草案、マサングループが内容操作の疑い」

農林水産省「食品中のヒ素に関する基礎情報」

地域の入れ物「しょう油の消費量の都道府県ランキング」

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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