近年は英語圏の人が筆記体を書くケースが減っており、普段はブロック体で書くケースが増えているという。今は多くの学校でも筆記体は教えられていないようである。
筆記体を使うケースと言えば、公式文書での署名や走り書きのメモだが、筆記体を知らない若者が増えていることにより、これらを書けなかったり読めなかったりするケースが増えているようだ。
これだけなら世代間の問題として片付けられかねないが、デジタルネイティブ世代にとっては筆記体を習得していないことが教育上の問題を引き起こしているのではないかという懸念を示したのが、以下のカルガリー大学教育学部ヘティ・ロウシング教授のコラムである。
なぜ手書きの筆記体を学校教育に復活させる必要があるのか(The Conversation)
- 学校の必須カリキュラムから筆記体を無くしている地域が増えており、筆記体を教えるかは教師の裁量でばらつきがある
- 識字率の高さに文字を手書きすることが重要であることが報告されている(キーボードで文字を入力しても長期記憶として定着しづらい)
- 筆記体による筋肉の動きや視覚的記憶が語彙の増加に役立つ可能性
- 筆記体の習得有無は「4年生のスランプ」と関連
- 幼稚園から3年生までの教育に筆記体を復活させることが重要
補足
「五感で記憶せよ」とよく言うように、経験的に手書きの方が物事を記憶するのに適していると考える人は多いだろう。
情報リテラシーが重要と言われる時代に「手書き」を行うことは時間の無駄と考える人が増えているが、手書きをしなければ識字率に大きな差が出ることが分かっている。
そして筆記体は記事に出てくる「4年生のスランプ(The Fourth-Grade Slump)」と大きく関係しているという。これは、英語圏において4年生以降で低所得者層と中所得者層の間に大きな学力ギャップが存在する傾向を指す。
この原因として、学力の低い人はそもそも語彙が少なく、問題文を読むだけで時間がかかり、多くの課題をこなせないというところに原因があると指摘されている。
実際、多くの教育カリキュラムでは、4年生以降で急速に要求する水準が高くなり、生徒は早くインプットし、考え、アウトプットする必要がある。
この時に筆記体を習得しているか否かで、大きく学習速度が変わってくる。筆記体の経験によって語彙力に差が出るだけでなく、書くスピードもブロック体と筆記体では全く異なるので、「考えることに割ける時間」自体が大きく変わってくるのだ。
筆者は以前は、筆記体が使われなくなっていること自体を特段問題視していなかった。日本人も筆記具の変化(毛筆から鉛筆やペンに)と縦書きの普及により、言わば日本語の筆記体である草書体を日常的には捨てたわけであり、言葉や文化の一変化として捉えていたからだ。(古い文書などを読めないといった問題はあるが、影響する人はわずかである。)
しかし、認知能力の差に大きく影響するのであれば、単に文化的な変化だけでなく、筆記体を覚えることは英語圏の子供にとって重要かもしれない。
参考文献
The Conversation, “Why cursive handwriting needs to make a school comeback”, 23 Aug 2019