タイの女性が活躍するのは男女平等だからではない

要約

  • タイは企業のリーダーを努める女性が多いが、企業労働者レベルでは少なく、政治での参画も少ない
  • 家族経営の文化と出産後も労働力として残ることが要因
  • この社会進出の歪さには仏教の男女観が遠因している

なぜタイの女性はビジネスで成功するのか(政治は違う)(Bloomberg)

  • 企業のリーダー的役職に占める割合が37%(世界平均は24%)、CEOの40%、CFOの34%が女性、高等教育進学比率は男性1人に対し1.41人と世界首位
  • 一方で女性議員比率は193ヶ国中181位(議会240議席のうち女性は13人のみ)
  • 女性が家族経営を通じて働く文化がある(今でも家族経営の仕事が多く、企業の仕事は少ない)
  • 男性の徴兵時に女性が商品取引を担当していた役割分担も影響し、金融などビジネス分野での独立も多い
  • タイの女性は出産後も労働力として残る割合が高い(家族経営が多いので可能)
  • 男性優位の政治の領域に入るには政党の支援を必要とするので社会進出が進まない

解説

タイに行けば分かるが、(昔よりかは規制で減ったが)女性による屋台経営が非常に多い。家族経営による一つのアントレプレナーシップが根付いたタイでは、働くのが当然どころか仕事をしないで家事をしている女性は怠け者と言われる。

家族経営が多いので出産しても家族のサポートを受けながら働くことができるので、女性の就業比率はどの年齢層でも高い。歴史的なアントレプレナーシップと、記事で指摘される商品取引の文化が女性の起業を多く生み、結果的にCEOの40%が女性という社会進出が実現しているのだ。

しかし、それは決して男女平等だから社会進出が進んでいるわけではない。

  • 政治での社会進出が少ない
  • 企業で働く女性が少ない
  • 起業家である女性が多い

というのは「家族のみ」もしくは「自らがトップとなって」最初から大きな権限を持つ状態で働く女性の姿が見えてくる。(記事に出てくるカモンワン・ウィプラコーン氏も証券会社の「最下層」から順に出世したと書いているが、最終的には独立して起業しているだけで、同じ起業で「最下層」からトップに上り詰めたわけではない。)

こうした文化は仏教における男女隔離の精神が根強いと思われる。タイではインドの仏教に近い上座部仏教が主流で、その信仰心は厚い。そして、その信仰の根源を辿ればブッダの女性忌避に辿り着くと考えられる。

栗原(2015:204-206)によると、ブッダの初期経典には女性への愛欲・性欲を強く否定した表現が多く見られ、

女の容色・かたち、女の味、女の触れられる部分、さらに女の香りなどに染着する者は、さまざまな苦しみを知る

テーラガーター

と愛欲を否定し、

刀が体に刺さっている場合に(刀を抜き去るように)、(ターバンを捲いた)頭に火がついている場合に(急いで日を消そうと努めるように)、愛欲の浴場を捨て去るために、修行僧は気をつけながら遍歴すべきである

サンユッタニカーヤ

と危険性を訴え、

愛欲があれば、(汚いものでも)清らかに見える。その(美麗な)外形を避けよ。(身は)不浄であると心に観じて、心をしずかに統一せよ。

スッタニバータ

と女性を避けることを主張する。これらについて大越(1990)『性差別する仏教』のようにフェミニズム的な立場で仏教を批判する論考もあるが、ブッダは女性嫌いで出家したわけではなく、

出家前のブッダは性の豊富な経験者であった。三人の妻をもち、一子ラゴラももうけている。青年時代のブッダは、性の快楽を十分に経験していたし、同時にその害毒や空しさも知っていたと思われる。ブッダ自身によれば「わたくしには、三つの宮殿があった。一つは冬のため、一つは夏のため、一つは雨季のためのものであった。それでわたくしは雨季の四カ月は雨季に適した宮殿において女だけの伎楽にとりかこまれていて、決して宮殿から下りたことはなかった。」若き日のブッダは、愛欲に満ちた生活を送っていたと思われる。 それがある日、「宮廷で歓楽の生活をほしいままにしたが、ふと一夜めざめて、 宮廷の女官らがしどけないすがたで取り乱して寝ているのを見て、女を嫌うようになった」という。

栗原(2015:205-206)

と自堕落な生活の反省が起点になっているのである。実際、条件付きであるもののブッダは女性の出家を認めていたわけで、男女差別に起因するものではない。(こうした議論は植木(2004)などでもされている。)

但し、ブッダの後を継ぐ者が「ブッダが語ったという体裁」で、女性が教団にいるとトラブルが続くので良くないというような主張がされるようになる。

女性が出家しなかったならば、梵行は永遠に守られていくだろう。(中略)いま女性の出家を認めてしまったからには、正法は半分の五百年くらいしか世間に流布しないだろう。たとえば、女性が多い家というのは、盗人や強盗に荒らされやすいだろう。そのように、女性の出家者がいる教団では、梵行はながく続かないだろう。

律蔵

こうした思想が全て現代まで引き継がれているとは言わないが、組織を女性に入れないという性質は確かに残っており、それが現代タイの歪な女性の社会進出に繋がっていると考えられる。

参考文献

大越愛子ら(1990)『性差別する仏教―フェミニズムからの告発』法蔵館

植木雅俊(2004)『仏教のなかの男女観―原始仏教から法華経に至るジェンダー平等の思想』岩波書店

栗原淑江(2015)「仏教における男女平等観――ブッダの時代」『東洋学術研究<2015第54巻第2号>』

Bloomberg, “Why Thailand’s Women Are So Successful in Business (But Not Politics)”

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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