カショギ氏の婚約者の米国公聴会証言は中国を利する

サウジアラビア大使館で殺害されたジャーナリストであるカショギ氏の婚約者ハティジェ・ジェンギズ氏が、米国下院の公聴会で証言した。

事件から6ヶ月以上経つが、サウジアラビア政府は暗殺に関与した多数の個人を訴追したが、肝心のムハンマド・ビン・サルマーン皇太子の関与は否定し、米国政府も追及の手を止め、米国とサウジアラビアの中東での戦略的関係の重要性を強調してきた。

このことをジェンギズ氏は「人間の感覚では理解できない」とした上で「どうして世界は何もしてこなかったのか理解できない」と痛烈に批判している。

参考:Al Jazeera, “‘World has done nothing’: Khashoggi fiancee gives US testimony”, 17 May 2019

現在の米国下院は民主党が過半数の議席を確保しており、当然今回の証言も民主党がトランプ大統領を攻撃するための一手段である。米国議会では共和党・民主党共に中国への強硬路線を示しているが、このタイミングでの証言は中国の思う壺だろう。

このタイミングとは、14日にサウジアラビアが石油パイプラインのポンプ施設2カ所がドローン攻撃を受けた直後ということである。

ドローン攻撃については、イエメンの反政府組織「フーシ派」の影響が強いメディアが犯行声明を出している。フーシ派の後ろ盾としてイランが存在し、現暫定政権を支援しているのがサウジアラビアという構図である。

参考:ロイター「サウジ石油施設にドローン攻撃、米軍はイラク駐留部隊への脅威警戒」2019年5月15日

先日から米国はイラン制裁の強化を進めており、今回の攻撃もそれに反発するイランによる間接的な攻撃という見方もあるが、事情はそう簡単ではない。

トランプ大統領は前々から進めていた「世紀の取引」と称するイスラエルとパレスチナの中東和平案をイスラエルの総選挙後に出すとしている。選挙は大方の予想通りネタニヤフ首相らが率いる中道右派政党リクードが過半数を確保した。

これによりネタニヤフ首相の続投が決まり、和平案を出す条件は揃った。ラマダンが終わる6月初旬が和平案を出すタイミングとして有望とされている。

和平案の内容について米政府は具体的な内容を何も公表していないが、一説では「パレスチナ人がエルサレムを諦める代わりに支援を受けて移住する」というものがある。この和平案が簡単にいくとは思わないが、米国がイスラエルの首都としてエルサレムを認め、ちょうど1年前にイスラエルの米国大使館をエルサレムに移転した事と整合的であり、可能性としては十分にありうる。

参考:産経新聞「孤立のパレスチナ、新和平案に不信感 米大使館移転から1年」2019年5月13日

そう、ちょうど1年前である。1年前の5月14日が大使館移転の日である。1年が経過したその日にサウジアラビアがドローン攻撃を受けたわけである。

これは偶然か。いや、そんなはずは無い。サウジアラビアとイスラエルは歴史的に仲が悪いが、近年は急速に「イランという敵」を媒介にして友好関係を築いている。「敵の敵は味方」である。それを取り持ったとしてアピールしたいのがトランプ大統領で、その成果の一つとして期待されているのが中東和平案である。

まとめれば、ドローン攻撃を行ったとされるイエメンの反政府組織フーシ派と、その対立する暫定政権の争いは、サウジアラビアとイランの代理戦争とも言えるものである。そしてドローン攻撃の日が、サウジアラビアとイスラエルの歩み寄りを批判するかのようなタイミングであるわけだ。

米国・サウジアラビア・イスラエルに囲まれるイランの「2つの意味での攻撃」としてドローン攻撃を解釈すれば、イランの中国への歩み寄りも勘ぐりたくなる。

つい先日、イラン制裁に違反してイラン産石油を積んでいたタンカーの積み下ろし場所が中国の港湾であることが明らかになった。

参考:ロイター「イラン産燃料油、中国の港湾で荷降ろし=追跡データ」2019年5月16日

制裁を受けているイランの中国への歩み寄りは以前から頻繁に指摘されることであるが、米中貿易戦争の激化による関税引き上げ合戦(5月10日が米国による追加関税の方針発表、5月13日が中国による報復関税の発表)を考えれば、出来すぎたタイミングである。

程度に差はあれ、同じく制裁を受けているトルコも中国への歩み寄りを強めている。イランもトルコも制裁解除を狙っているが、中国としてもファーウェイへの制裁を進めるトランプ大統領の弱体化を図りたいはずである。

そしてようやくジェンギズ氏の証言に戻る。カショギ氏の婚約者であるジェンギズ氏はトルコ人である。民主党は「中東和平案」を進めるトランプ大統領への批判の為にジェンギズ氏を呼んだことは分かっている。ましてや米国議会での証言をトルコや中国の差し金であるとまでも言わない。

しかし、実質的な効果としてイラン制裁や中国制裁にも水を指すことにもなりかねない。この2つについては民主党も賛成どころか強硬路線を支持しているはずだ。政治戦略としては最悪のタイミングだったと言わざるを得ない。

       

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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