「組織の多様性を推し進めるには多様性を無くすべき」という矛盾(2):闇雲な多様性

前回、組織に外国人を入れてイノベーションを起こそうという発想は、同質な「日本文化」で膠着状態に陥っている組織に外国人を採用することで異質なマイノリティ文化を共存させ、「対話」によってイノベーションという意味で、組織内の間文化主義と言えると論じた。

前回:「組織の多様性を推し進めるには多様性を無くすべき」という矛盾(1):間文化主義

前回も最後に述べたが、これの何が問題かというのが今回の内容である。

間文化主義で復活する「日本文化」

前回から、同質な「日本文化」のように括弧付きで表現している。特定の文化を一緒くたにしてまとめて取り扱ってしまうことは、地域や個々人の多様性を蔑ろにするとして批判されるものである。

そのことに対し異論は無いが、間文化主義にせよ、組織内イノベーションにせよ、中心文化にマイノリティ文化を入れるという発想になると、どうしても多数派を占める文化をまとめて扱ってしまうことに繋がりやすい。

例えば筆者が「夏に水羊羹を食べると美味しい」と言ったとする。水羊羹が嫌いでなければ多くの人が賛同するだろう。そして反対する貴方は福井県民である可能性が高い。福井県で水羊羹と言えば、冬に暖かい部屋で食べるものである。

【福井名産】黒砂糖のあっさりした甘さの「水ようかん」【水羊羹】【福井】【名物】

「いや、私は福井県民だが水羊羹は夏に食べる方が好きだ」という人もいるかもしれない。そういう人も当然いるはずで、一口に日本文化と言っても、地方によって異なるし、地域内でも特定の更に狭い地域に特有の文化があり、その中でも各家庭や個人に差異があるものだ。

こうした個々の文化の差異を階層的に捉え、個々を尊重するのが多文化主義であったはずだが、間文化主義となると、どうしてもマイノリティに注目が集まり、多数派vs少数派の構図となってしまう。階層的だった日本文化にカギカッコつきの「日本文化」が復活する瞬間である。

都合良く使われる多様性

しかし近年の潮流では、人種や民族などをひと括りにして区別して差別的に扱うことは御法度であるはずだ。以下の白人とアジア人のIQ分布を比較した図は度々引用される。アジア人の平均IQは白人よりも高いがその分散は小さく、極めてIQが高いのは白人に多く、イノベーションを起こす力に差があるといった事を言いたい人が引用することが多い。

しかし、こうした言説は基本的に良くないとされ、これが男女であるとか、白人と黒人といった区切りでIQを比較すると、たちまち大問題となってしまう。

こうした時、「大問題」として取り上げる人が必ずと言って言うのが「人種差よりも個々人の差の方がよほど大きい」という反論である。確かに、遺伝的多様性で見れば人種差よりも個人差の方が大きく、人種に区切って差別することは合理的ではない。

つまり、多文化主義の抱える問題を踏まえて間文化主義が生まれているが、ある時には多文化主義で良しとされた画一的に「日本文化」と捉えずに階層的に日本文化を捉えるが、またある時には「マイノリティ文化」を尊重するために「日本文化」を持ち出すという風に都合良く使われるのである。

ポリコレに囚われた組織の多様性

もっとも、多文化主義と間文化主義が主眼とするものが異なるので、こうした恣意性に致し方が無い面はあるが、企業が創造性を高める上で多様性を増そうとする時に、これらの言説に振り回されていては、効率的に多様性を生むことはできない

例えば、何らかの戦略を持って外国人を集めるというのであればそれで良い。IQだけで創造性が決まるわけではないが、仮にIQを一つの指針とした時に、アジア人には殆どいないレベルで高いIQを持つ白人を採用しようというのであれば、それは組織に大きな多様性をもたらすかもしれない。

しかし、こうした戦略が無く、闇雲に外国人を採用しようとしても多様性はうまれない。なぜなら上の図を見て分かる通り、白人とて大多数のIQは凡人レベルであり、よほど注意して選ばなければ単にコミュニケーションを取るのが大変な人材が増えるだけである。逆にIQが著しく低い人材を取ってしまう可能性すらあるのだ。

  • アメリカの大学を出て民間企業に就職したアメリカ人
  • 商業施設の中を自転車でウィリー走行する日本人

のどっちの方が、貴方が持っている知識や価値観、文化の差があるかを考えれば、恐らくアメリカ人の方が近いだろう。商業施設の中をウィリー走行するという発想はなかなか出てこないものであり、日本国内だけでもかなりの文化的多様性があるわけである。

ウィリー走行は悪い例として出したが、良い方向で考えても、日本国内にはまだまだ発掘されていない多様な文化を持つ人がいるはずである。日本企業にとっては、そういう人を探す方が採用コストは低く、また入社した後も言語などの障壁が少ないと考えられる。

闇雲に組織の多様性を推し進めるくらいなら「多様性を無くすべき」なのである。

前回:「組織の多様性を推し進めるには多様性を無くすべき」という矛盾(1):間文化主義

       

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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