「組織の多様性を推し進めるには多様性を無くすべき」という矛盾(1):間文化主義

何のことを言っているのかと思うかもしれない。組織が創造性を発揮する上で「組織の多様性」が重要であるという言説は多くあり、実証的にもポリコレ的にも真っ向から反する意見は少ない。しかし、現実的な問題として企業のROIの観点から見れば、効率的に多様性を推し進める方法は「多様性を無くすこと」である、というのが本稿の内容である。

なお、組織の多様性を推し進めることによるパラドックスと言っても、カール・ポパーの「寛容のパラドックス」のことを言っているわけではない。 寛容のパラドックスとは、自由でも多様性でも何でも良いが、あらゆる自由や多様性を認めると、「自由を認めない自由」や「多様性を認めない多様性」も許容することになり、こうした集団が社会を破壊し、結果的に不寛容な社会になるということである。

カール・ポパー『開かれた社会とその敵 第1部 プラトンの呪文』未来社

「外国人の採用=多様性」という考え方

ここで言いたいのは「安易に外国人を入れれば多様性が増す」と考えている企業への批判である。確かに外国は「日本文化」とは異なるため、組織に外国人を入れることで刺激になったり、新たな発想を取り入れたり、異なる考え方がぶつかって新たな考え方が生まれたりといった効果が期待できる。

しかし、日本で外国人を採用しようとすれば、それだけ採用コストがかかることが多い。採用する際に日本人とは違ったルートで候補者を見つけてこなければならない場合も多いし、評価する観点も変えなければならない場合もあるからだ。

「安易に外国人を入れよう」となりがちなのは、文化的多様性の議論の背景にある間文化主義の考え方に自然と引き寄せられている(或いは洗脳されている)と考えられる。

文化相対主義から間文化主義に至るまで

嘗て文化的多様性の議論で重要な地位を占めたのが文化相対主義である。文化相対主義は、「文化に優劣は無く、全ての文化に価値があるとして対等に扱う考え方」である。一見良い考え方だが、民主主義的には問題があるようなサウジアラビアにおける女性への人権侵害も「イスラム教の文化だ」と言われれば口を出せなくなるし、人食い人種の人が日本に入ってきても文化だと認めるのか、という話になる。

こうした(極論を含む)息詰まりを文化相対主義の地獄とも言うが、それを越えて生まれたのが多文化主義である。多文化主義も「異なる文化を持つ集団が共存できるように対等な関係して扱うこと」である。

文化相対主義に似ているように思えるが、本質的には異なる。文化相対主義は「文化的価値」から出発しているだけあって文化的な差異をネガティブに捉えているのに対し、多文化主義では差異をポジティブに捉え、また「同一文化」とされるものの中の差異も認めている。後者は各文化の独自性や異質性を階層的に捉えることで、集団間の不平等を無くそうとするプラグマティズムである。

しかし、この多文化主義も米国を見れば分かるように、多くの場合は各民族が個別にコミュニティを作って暮らしているだけで混ざり合っていない。米国の多民族社会を「人種のるつぼ」と肯定的に捉える言葉もあれば、別個に暮らしている(=混ざらない)ことを揶揄して「人種のサラダボウル」と呼ぶことがあるのは、まさに多文化主義の問題を指している。

そこから更に発展して生まれ近年注目されているのが間文化主義(インターカルチュラリズム)である。これは簡単に言うと社会の多数を占める「中心文化」と社会の少数派である「マイノリティ文化」が互いを尊重しながら交流し、新しい文化を築くことで多文化共生を図るものである。

多文化主義の理想とは裏腹に、多くの国では社会階層が分断するという形で失敗しており、その反省として生まれたのが間文化主義である。そこで重視されるのは「対話」である。多文化を認めると言いながら実質的に「関わらない」という形で均衡に至った文化相対主義や多文化主義とは異なる。カナダのケベック州における取り組みが有名だが、この種の例を出さなくても言わんとしていることは伝わるだろう。

ジェラール・ブシャール(2017)『間文化主義(インターカルチュラリズム):多文化共生の新しい可能性』

組織のイノベーションと間文化主義

組織に外国人を入れてイノベーションを起こそうという発想は、構造的には間文化主義と全く同じである。同質な「日本文化」で膠着状態に陥っている組織に外国人を採用することで異質なマイノリティ文化を共存させ、「対話」によってイノベーションという意味で、まさに組織内の間文化主義である。

では、これの何が問題かと言えば括弧付きの「日本文化」である。これは次回に回そう。

次回:「組織の多様性を推し進めるには多様性を無くすべき」という矛盾(2):闇雲な多様性

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