日本では、マンションなどで不動産市場に危うい面が見えてきている一方で、首都圏を中心にオフィス不動産の取引は相変わらず活況である。
このことについて、三井住友トラスト基礎研究所の米倉勝弘氏が「不動産取引において築年数に対するリスク許容度が拡大か」というコラムを書いている。以下に要約する。
- 国内の不動産私募ファンドの運用資産は2018年末で17.7兆円で2015年以降増加傾向
- 私募ファンドの物件取得件数は伸び悩む一方で、100億円以上の物件取得件数は高水準
- 大型取引のうち築古物件の取引が増加傾向にあり、その背景に築年数に対するリスクプレミアムが縮小している可能性
- オフィスビルの供給制約から今後もその傾向が暫くと思われるが、大型物件の取得はポートフォリオへの影響が大きいので、資本的支出の水準や出口戦略などの考慮が重要
米倉氏はリスクプレミアム(リスク許容度)の低下と言いつつ、供給面からやむを得ずというニュアンスを出している。
オフィスビルの取得が困難な状況のなかで、コア物件であれば築古ビルであっても賃料上昇が期待できるという昨今のオフィス市況を反映した取引であると言えよう。ここ数年は取引市場において築年に対するリスクプレミアムが縮小している可能性がある。
三井住友トラスト基礎研究所(2019)
しかし筆者は、字のごとくリスクプレミアムの低下が起こっていると見ている。寧ろ、今までが過剰に築年数に対するリスクを高く見積もっていたのではないかと考えられる。
税理士であり不動産経営アドバイザーの和田晃輔氏によると、銀行員や融資コンサルタントのような専門家の中でも法定耐用年数と使用可能期間を勘違いしている人が少なくないようである。
税務上の法定耐用年数は融資期間を算定する上でも非常に重要だが、建物本来の使用可能期間とは直接関係するものではない。その割に法定耐用年数は使用可能期間というタテマエが存在することにより諸外国の耐用年数よりは長い傾向にあり、経済界からは投資の活性化などを理由に度々短縮が提言され、実際に短縮されてきた実績がある。
実際、RC造(鉄筋コンクリート造)の法定耐用年数の推移を見ると、1947年(昭和22年)の改訂を除いて法定耐用年数は減少傾向にある。
1918年(大正7年) | 100年 |
1937年(昭和12年) | 80年 |
1942年(昭和17年) | 60年 |
1947年(昭和22年) | 80年 |
1951年(昭和26年) | 75年 |
1966年(昭和41年) | 65年(居住用は60年) |
1988年(平成10年) | 50年(居住用は47年) |
ある時代までは川砂によるコンクリートが中心で、建造物の増加で山砂や海砂によるコンクリートが増えたことにより、現代のコンクリートの方が耐久性が低いとは言われるが、それでも100年前の半分の耐久性になったわけではなく、専ら政治的経済的な理由である。
実際、多くの研究でRC造の建物の寿命は長く、残存率(取り壊されていない建物の比率)が50%になるまでの年数こそ68年と短いが、建物の減耗度調査による物理的寿命は117年、コンクリートの中性化から産出した物理的寿命は120年と非常に長い。更に、外装仕上をすれば耐用年数は150年にまで延命可能とも言われる。
この150年という数値が実際に法定耐用年数に使われていたのが1951年(昭和26年)の75年という数値で、前述の和田氏によると以下のような計算が行われている。
つまり、RC造の建物を構成部分ごとに分割し、その構成比率と各々の耐用年数を加重平均し、10000÷134.8≒74.18≒75年と計算している。
この数値はかなり合理的と言え、前述のような120年や150年をそのまま利用するのは楽観的過ぎると思われるが、一般的には少なくとも75年の使用可能期間が存在し、外装や床など構造体以外の部分を適切に補修していけば、長期に渡って利用可能と言える。
勿論、融資など実務的な問題はあるが、最近の中古不動産の活用の流れから考えれば、築年数のリスクを正しく評価する流れは当然と言え、寧ろ不動産市場が健全化しつつある証拠であると思われる。
参考文献
三井住友トラスト基礎研究所「不動産取引において築年数に対するリスク許容度が拡大か」2019年03月26日
和田晃輔税理士事務所「法定耐用年数という悲劇的に勘違いされている存在」2018年7月11日