メッカへの大巡礼(ハッジ)が中止される可能性は低いが有り得る

新型コロナウイルスの世界的拡大を受け、サウジアラビアが感染国からの小巡礼(ウムラ)の受け入れを停止する措置を取っている。ウムラはイスラム教徒に強く推奨される行為だが義務ではない(一生に一度は行なうことが推奨されるが違反しても罪<神との契約違反>にはならない)一方で、大巡礼(ハッジ)は一生に一度は行なうべき義務である。

ウムラは時期が決まっていないので新型コロナウイルスの収束の目処がつくまで現在の対処が続くと思われるが、イスラム暦12月に行われるハッジ(2020年は7月28日~8月2日)はどうなるだろうか。

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毎年200万人以上のイスラム教徒が世界中からメッカから集まる。東南アジアからもインドネシアからは毎年15~20万人、マレーシアからは正規の巡礼割当数だけで3万2,000人、民間の巡礼ツアーを合わせればそれ以上の数字になる。ハッジが中止されればイスラム教徒が多い国にとっては観光産業など影響が大きい。或いはサウジアラビアが受け入れを止めなくても各国が自主的に中止する可能性もある。

しかし、アンタラ通信などの報道によれば、現時点では外国からの巡礼者を受け入れる準備は正常に進んでおり、現状では実施される見込みである。

ANTARA NEWS, “VP optimistic of hajj pilgrimage schedule unaffected by virus outbreak”, 6 Mar 2020

筆者も基本的には実施される可能性が高いと考えているが、高齢者や持病がある人は自粛するように求められ得ると考えている。これは2つの理由からそう言える。

まず2013年に中東で流行したMERS(中東呼吸器症候群)の時は、巡礼者にはマスクの着用を推奨された。翌年2014年には在ジッダ日本国総領事館によると、MERSに感染しやすい65歳以上の高齢者と子供に対して公式制限ではないものの巡礼を延期するように保健省から呼びかけられた。

MERSの基本再生産数はインフルエンザ(2~3)やSARS(2~5)より低い0.8~1.3であるが、致死率が非常に高いためこのような対処が取られた。新型コロナウイルス(COVID-19)の基本再生産数は報告により異なるがインフルエンザ程度であり、高齢者以外にとっては風邪と変わらない。なので、高齢者だけに巡礼を翌年以降に延期するように求める可能性は合理的であるし十分に考えられる。

また、この対応はコーランでも正当化できそうだ。以下のコーラン3章97節はハッジの義務について書かれた部分である。

それ(聖殿)の中に明白な徴が(あります)

(例えば)アブラハムの立った所が(あります)

そしてそれに入る者は安全である[者に]なります

そしてその家(聖殿)の巡礼はそれの許に道を(見出すことが)可能である者に(とって)人々の上における御神に対する(義務です)

しかし不信仰である者は(別です)

その時は真に御神はこの世界から(独立した)自足者(です)

コーランと聖書の逐語訳と研究quran&bible
注:太字は筆者による

要するにムスリムであり、かつ「道を(見出すことが)可能である者」にとってハッジは義務だということだ。これは以下のような条件を満たしたものだと考えられている。

  • 自由身分であること(奴隷でないこと)
  • 負債がないこと
  • 心身ともに健康であること(旅を遂行する体力があること)
  • 旅費と旅中の家族の生活費を賄えること

このうち、心身ともに健康であることというのは遠路はるばる船やラクダを乗り継いで巡礼する体力という意味だが、現代においてはそこまでの体力が求められることはない。しかし、現代的には感染症のリスクなどがあり、それに耐えうる体力が足りていないという意味で高齢者の巡礼を取りやめさせるという解釈が成り立つかもしれない。

但し、ハッジ全体が中止される可能性もなくはない。スンニ派で第二聖典とされるハディース(預言者ムハンマドの言行録)の一つサヒーフ・アル=ブハーリーには以下のような文言がある。

預言者曰く、「ある土地で流行病が勃発したら、そこに行ってはならない。また、あなたがいる場所で流行病が勃発したら、その場所を離れてはならない。」

Sahih Bukhari, Book 71 Medicine, Number 624
Muslim Students Association of IUPUIより筆者和訳

新型コロナウイルスの感染国からの巡礼者拒否は少なくともこの文言の後半で正当化されうる。そしてサウジアラビアで感染が爆発するようであればメッカ自体への立ち入りすら制限される可能性があるだろう。

       

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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