インドのカーストと貧困と選挙結果の関係性

近年はモディ首相率いる右派政党インド人民党(BJP)が強い。2019年4月から行われるインドの総選挙においては、野党の選挙協力の動向や貧困問題、パキスタンとの武力衝突など選挙情勢を大きく動かす要因が多数存在している。

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貧困問題が深刻なのであれば、もっと左派政党が躍進しても良いと思うのだが、そうならないのは何故だろうか。(上図は州議会選挙における州別与党の推移<橙色がインド人民党>)

いや、確かにインドの絶対的貧困率(1日1.9ドル)は2011年の25%に比べ、2018年は5%にまで減少しているので貧困問題は大きく改善している。とは言え、下図の所得水準(横軸:1人当たり1日当たり所得<USD, 購買力平価>)と人口割合(縦軸:%)を見て分かる通り、2018年においても所得のボリュームゾーンは3ドル強であり、非対称的な分布を見て分かる通り深刻な所得格差が存在し、これだけで右派政党の支持を説明するのは無理があるだろう。

インドの所得水準別人口割合
出典:World Poverty Clock

インドの選挙結果と貧困の関係を読み解く鍵となるのが Abhijit Banerjeeらによる論文である。共著者のThomas Piketty(トマ・ピケティ)はベストセラー『21世紀の資本』の著者としても有名だ。

参考:Abhijit BanerjeeAmory GethinThomas Piketty, “Growing Cleavages in India? – Evidence from the Changing Structure of Electorates, 1962–2014”, Economic & Political Weekly, Vol. 54, Issue No. 11, 16 Mar, 2019

上記が正式公開されている論文だが、World Inequality Database(WID)に5月に公開される予定と思われるワーキングペーパーに同内容の論文がある。こちらの方がカラー刷りで見やすい上、補足データがついているので、こちらのリンクも掲載しておく。(途中で非公開にされる可能性はある。)

参考:Banerjee A., Gethin A., Piketty T. “Growing Cleavages in India? Evidence from the Changing Structure of Electorates, 1962-2014”, WID.world Working Paper 2019/05(PDF注意)

この論文では、1962~2014年の国政選挙と1962~2017年の州議会選挙について、政党別(特に右派)に見た得票率にどのような属性(カースト、州、所得、年齢、性別、学歴)が影響するかを調査したものである。(なお、本稿で引用する図表は、特に断りが無い限り上記論文からの引用である。)

この論文の主要な発見は以下のようなものである。

  • 右派政党の得票要因は宗教とカーストの影響が強い
  • 右派政党の得票率に学歴・所得の影響はあるものの軽微である
  • 上位職業カースト(ジャーティ)は学歴・所得を問わずに右派政党に投票している
  • 州による得票率に違いは見られる(貧困に関連)が、福祉予算を増やしても右派の得票率にあまり影響しない

下図はインドの連邦議会ローク・サバー(Lok Sabha)の選挙(1962-2014)における政治的スペクトル別の得票率の推移を示している。前述の通りインド人民党(BJP)を始めとした右派政党の得票率(青線)が1980年以降伸び続けていることが分かる。

インド連邦議会の政治的スペクトル別得票率の推移

インド人民党(BJP)など右派政党の得票率をカースト別に見たものが下図で、カーストによって右派政党の得票率に大きな差があることが分かる。Brahmins(バラモン)やOther FC(その他上位カースト)といった上位カーストの得票率が高く、OBC(その他下位カースト)、SC/ST(不可触賤民/指定部族)と下位カーストになるほど右派政党の得票率が低くなり、事実上の下位カーストであるMuslims(ムスリム)の得票率も低い。

カースト別インドの人民党および右派政党の得票率

画像が多くなるのでここでは引用しないが、インド国民会議(INC)といった中道政党や左派政党になるとこの傾向は真逆になる。

こうすると「単なる所得のせいではないか」という疑問が生じるわけだが、下図の高所得層(上位10%)とその他(残り90%)での右派政党インド人民党(BJP)の得票率の差を比較すると、調整前(茶色)は差が大きいが、州でコントロール(橙色)、州・カースト・学歴・年齢などでコントロール(緑色)すると、その差は小さくなっていき、所得による得票率に差はあるものの、その影響は軽微であることが分かる。

所得階層別インド人民党の得票率の差

また、最近になるほど所得の影響が小さくなってきているのも興味深く、カースト制度の解消に向かうどころかカーストの結びつきが強くなっているようにも見える

同じことは学歴についても言え、下図の通り大卒とそれ以下の学歴で比べても、他の変数で調整すると差が小さくなってしまい、カーストなどの影響が強いことが分かる。(P値などは元論文のTable 3.1などを参照)

学歴別インド人民党の得票率の差

更に興味深いことに、下図の通り職業カースト(ジャーティ)別(上位と中位・下位)にインド人民党の得票率を比較すると、各変数でコントロールすると、その差は殆ど無くなってしまい、上位職業カーストは所得や学歴などに関係なく一貫して右派政党に投票していることが分かる。

インドの職業カースト別インド人民党の得票率の差

有意差検定では宗教とカーストの他に地域差が出ている。下図の通り、州ごとに開発支出に占める福祉支出の割合に差があり、右派政党の得票率と逆相関関係が見られる。

インドの州別開発支出に占める福祉支出と右派政党の得票率

この結果を見れば貧困問題対策に力を入れれば左派政党が躍進しそうにも見える。しかし、現実はそうなっていない。今度は下図の福祉支出の変化率と右派政党の得票率の関係を見る。すると、上図で見られたほど綺麗な相関関係は消えており、福祉支出を増やしてもあまり選挙結果に影響を与えないということが分かる。(少しだけ相関関係が見られるが、非常にばらつきが大きく有意差は無い。)

福祉支出の変化率と右派政党の得票率の関係

この結果を見ても、いかに宗教やカーストが投票行動において重要であることが分かるだけでなく、政治家にとっても貧困問題に力を入れるインセンティブが働きにくいことが示唆される。

この論文の結果から見るに、インドの投票行動におけるカーストの影響は年々強まっている可能性が読み取れ、貧困問題が深刻であっても現与党のインド人民党(BJP)の支持基盤が強いことが示唆される。

また、宗教的な影響も強く、パキスタンに対して強硬路線を貫くモディ首相の姿勢も与党への後押しに繋がることも示唆される。

勿論、前回述べた通り、野党の選挙協力の展開によっては政権交替の可能性も残るが、現時点で筆者の立場としては与党が有利に進む可能性が高いと思える。

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