投資に役立つ『全世界史』(18):紅茶という麻薬

このシリーズは、出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介するものである。今回は下巻第五部4章「ヨーロッパが初めて世界の覇権を握る」である。

前回:投資に役立つ『全世界史』(17):ナショナリズムは投資の敵にあらず

中国を始めとして日本以外のアジア諸国は総じて麻薬に対する刑罰が非常に厳しい。それは元を辿ればアヘンの蔓延とアヘン戦争後の南京条約で急速に清が弱体化したからである。インドから清に輸出されるアヘンによって清から銀が流出した事に対応するために清がアヘンの没収・処分したことに対する反発がアヘン戦争のきっかけだが、そもそもその前に紅茶との関連性に着目している点で本章は面白い。

まず前章では産業革命を起因とする紅茶文化の広まりについて整理されている。

産業革命によって、グレートブリテンの綿織物工場はフル稼働に入ります。労働者は長時間労働で疲弊して能率が低下します。そこで気付け薬が必要になります。スペインではポトシ銀山で先住民にコカの葉を噛ませて働かせましたが、同じ役割を果たしたのが紅茶でした。紅茶に砂糖をたくさん入れて短い休憩時間に飲ませたのです。

出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫(p. 218)

角山(1980)『茶の世界史』によると、アジアからもたらされた茶は「薬」として貴族などの社交場で飲まれていた。それを変えたのがチャールズ2世時代のオリエンタリズムであり、キャサリン妃が紅茶に砂糖を入れて飲む習慣が生まれた。

砂糖は合法だが各種の研究で一定の依存性をもたらす物質でもあると考えられている。そして産業革命の時はまさに「麻薬」として砂糖入りの紅茶が利用されたわけである。当時の労働者の疲弊は様々な文化的影響をもたらしており、庶民が料理をする文化が失われて今の「メシマズ」につながったとも言われる。代わりに普及した文化が紅茶だ。

但し当初は紅茶は高級品であったため、英国から清に多量の銀が流出することになる。それに対応するために輸出されたのがアヘンである。

 清国政府は1796年以後、何度もアヘン禁止令を出します。しかしアヘン吸引の悪習は止まず、禁止令が出るたびに賄賂が横行して、アヘンの密輸入はずっと続いていました。

 このアヘンは、東インド会社が1770年代から密かにベンガル地方で栽培していたものです。これをカントリー・トレーダーという商人に卸売りしました。彼らがそのアヘンを清に密売していたのです。このことを、東インド会社は隠していました。清に露見して、肝心のお茶の貿易をストップされたら困るからです。

出口治明(2018)『全世界史 下巻』新潮文庫(p. 261)

アヘンの密輸入量が増えた結果、清への銀流出が止まり、1827年からは貿易収支が逆転して大幅に清から銀が流出することになる。その後の展開は前述の通りだ。

また、先の角山(1980)では、英国はアヘン問題による紅茶輸入がストップすることを見越して手を打っていた。1823年にインドのアッサムで野生の茶が発見され、1839年からはインドで紅茶が本格的に栽培されるようになる。この頃にダージリンなども生まれており、後の紅茶銘柄の代表格になると共に、紅茶も低価格化していった。

これらの一体何が投資に役立つかと言えば、香辛料にせよ紅茶にせよ「価値」というのものは文化や経済の違いでこれほどまでに変わるという事自体である。例えばプラチナも希少性・宝飾品利用・自動車用触媒などの用途から元々は金よりも高い貴金属であったが、触媒利用の代替がパラジウムに移ったことにより今や見る影も無い。

高級品やブランド的価値があるというのも、社会の状況や文化によって幾らでも変わり得るものであるというのは、当たり前のようで投資家としてはつい忘れがちになる。更に大量生産による値下がりの可能性もあるとすれば、高い価値が続くというものはそう多くは無く、長期投資であるほどこの事に注意しなければならない。

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫


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