米国のシンクタンクであるブルッキングス研究所が発表した新しい研究が、AIなど機械学習を用いた技術の影響を受けやすい職業を分析している。ほぼ全てのセクターに影響を与えるが、高賃金・高学歴の労働者ほどAIの影響を受けやすいことが示唆されている。
研究手法と新規性
今の所、仕事の大部分をAIが担うという事態になっていないため、従来の研究では「AIの影響の受けやすさ」が専門家の主観に頼っていたり、分析がしやすい「自動化」技術の傾倒していた。その結果、ユートピア的なものから終末論的なものまで結論が様々であった。
そこでこの研究では、AIが持つ機械学習という機能の影響を受ける可能性があるタスクと仕事の関係を調べることに主眼が置かれている。
具体的には、米国労働省のO*NETデータベースに登録されている各職種に必要な技能や知識についてのテキストと、AI関連の特許に含まれるテキストを、自然言語処理を用いてその重複度合いからAIの影響の受けやすさ(エクスポージャー)を定量化している。(類義語や活用変化なども処理されている。)
要するに、両者のテキストに似たような意味の名詞と動詞の組み合わせがあれば、その業務に関連しそうなAI特許が存在するということであり、その業務が影響を受ける可能性が高いと判断するわけである。
大卒が最もAIの影響を受けやすい
以下は、学歴別に計算されたAIの影響受けやすさ(AIエクスポージャー)について、高卒未満を0と標準化した数値である。
これによると、基本的に低学歴ほどAIの影響を受けにくいことになり、特に大卒(0.21)は高卒(0.04)の5倍以上と最も影響を受けやすいことを意味している。
AI時代を生き抜くためには知識や専門性が必要とはよく言われるが、それとは真逆の結論ということになる。
しかし、この結論自体は不思議なものではない。人工知能研究の世界にはモラベックのパラドックスという言葉がある。これは、AIにとっては知的な推論よりも簡単な作業を行う方が難しい事を意味する。
例えば、人間が想像もつかない思いも寄らないデータから構造を見出して投資が行われたり、将棋や囲碁など知的ゲームで人間がもはや全く敵わないようになっていたりするが、ロボットに物を掴んで運ばせたりといった簡単な動作の方が実現が難しいといった事が挙げられる。
ホンダの世界初の二足歩行ロボットであるASIMOを覚えている人は多いだろうが、二足歩行という健常者なら誰でもできる行動を人工知能によって実現するのにあれだけ苦労するわけである。
これは二足歩行のような動作は単純なように見えて、少なくともアウストラロピテクス時代から400万年以上かけて最適化している動作であり、言語化できないレベルで非常に洗練されている。
一方で人間の知的活動によって作られた知識は、仮に最古の文明であるシュメール文明(初期メソポタミア文明)まで遡ったとしても1万年に満たない。ましてや現代の先端科学技術に連なるような知識はせいぜい数百年の間に進化したものである。つまり、歩くことに比べれば人間の知的活動は高度なように見えてまだまだ最適化されていないわけである。
これと同じで、高卒や高卒未満の人が中心に担っているような一見誰でもできる仕事ほど人間の洗練された行動が詰まっており、AIにやらせる上でハードルが大きいということが示唆されるわけである。
筆者が携わる機械学習の世界も同じで、単純にパラメータを変えてディープラーニングを行うだけなら今や便利なフレームワークやライブラリがあるので誰でもできるようになっている。一部のモデルや理論を開発するような人工知能開発者のみが残るだけで、潜在的には多くの機械学習エンジニアは淘汰圧を受けている。大卒よりも修士卒以上の方がAIエクスポージャーが若干低いのは、その辺りが影響しているだろう。
どの産業セクターが影響を受けやすいか
セクター別に見れば、この傾向はより顕著である。以下は産業セクター別に2017年の従業員数とAIエクスポージャーを示している。AIエクスポージャーは、全産業の平均が0となるように標準化されており、プラスであれば相対的にAIの影響を受けやすく、マイナスだと受けにくいということを意味する。
就業人数からして影響が大きいのは製造業や科学技術専門職である。逆に影響を受けにくいもので就業人数が多いのは小売業と教育サービスである。特に小売業は困った時の仕事場でもあり、一部の店舗を除けば誰でもできる仕事である。しかし、こうしたものは潜在的なAIエクスポージャーは低いというのは直感と一致するだろう。
参考文献:Brookings, “WHAT JOBS ARE AFFECTED BY AI?”, Nov 2019