ビンユニから考える企業が経営する大学

昨年末、ベトナムの大手不動産コングロマリットVinGroup(ビングループ)の大学VinUni(ビンユニ)の設立が承認され、2020年9月から第一期性300人を迎えることになる。

大企業が大学を持つという事はそれほど多いことではない。CourseraのようなMOOC(ムーク)のようにオンラインでの受講が拡がる過程でコスト面で物理的な大学の役割が小さくなるとは言われているが、一方で人材教育や人材確保の観点でビングループのように自前で大学を持つ動きは今後増えてくる可能性があると考えている。

本稿では、ビンユニの事例をベースに大企業の人材育成・人材確保のための大学教育について考察を行う。

企業内大学ではないビンユニ

企業内大学という言葉がある。これはマクドナルドのハンバーガー大学のように、社員やアルバイトの人材教育のために設立した社内教育機関であり、大学という名がついているが学位が取れる一般的な意味での大学ではない。

そうした企業内大学とは異なり、ビングループのビンユニは広く学生を求める教育機関としての大学である。ビンユニは、ベトナムの非営利教育機関としては初の私立大学であり、2020-2021年度は、

  • 経営管理
  • 健康科学
  • 計算機科学・工学

の3つの学部が設立される。経営管理は経営学、ホスピタリティマネジメント、不動産の3分野、健康科学は薬学、看護学、医学の3分野、計算機科学・工学は機械工学、電子工学、計算機科学の3分野がある。

不動産コングロマリットであるビングループは、オフィスビルだけでなくホテルやショッピングモール、医療機関など様々な不動産を扱う。そして最近はスマートフォンや自動車などの分野も力を入れている

要するに、選ばれた分野は「今後伸びると考えられている」ものでもあるが、まず自社グループの事業に必要な専門知識を扱う学部であるということが大きく、営利目的の大学ではなく非営利大学という立場を選んだことも、人材育成や確保を主眼としたものであると言える。

公式サイトによると想定される年間学費は35,000ドルとかなり高額だ。但し、これは通常の教育だけでなく研究やインターンシップ、交換留学など全ての活動を含んだ価格で、先端的なシミュレーション設備などを備え、有名教育機関や病院などから教授や講師を招聘するという計画になっている。

一方で奨学金制度も充実させるようで、少なくとも5期生までは全て35%の入学補助を受け、優秀な学生には90~100%の奨学金、更に優秀であれば生活費までもカバーする奨学金となる。但し、ビンユニの寮での想定生活費は年額1,500ドルとベトナムらしい安さである。

大学を持つか必要な教育プログラムを採用するか

似た動きは米国にもある。ウォルマートのLive Better Uは人材不足に備え、若手を囲い込むために1日1ドルと安価に専門的教育を受けられるようにするための制度である。これは既存の大学教育などのカリキュラムに対して補助金を与えるものであるが、大企業が自社事業に必要な人材を育てるために大学教育を受けさせるという意味では同じである。

ビングループのように自前で大学を持つことの方がリスクは高いが、うまくいけばより望む教育プログラムを提供して効果的に人材を育成することができる。

また、ビンユニの場合は大学院も持つので研究機関としての役割もある。企業内研究としては、社外に出さないものもあれば、積極的に外部に公開することでアピールに繋げるものがある。場合によっては他社や他の教育機関とのコラボレーションが行われる場合もある。企業が社内の研究機関以外に大学を持つということは、この種のコラボレーションがしやすい環境を作ることを意味する。

日本からは生まれるか

こうした動きは海外を中心に、少なからず出てくると思われる。しかし、日本ではどうかと言えば、それほどの体力がある企業が少ない上、採用慣行から考えれば可能性は低い。

基本的に多くの日本企業は学歴をシグナリングとしてしか見ておらず、専門知識を求めていない。そこで出てくるのが産業界からの「大学はもっと実務的な教育を」という声である。

これは企業が実務的な知識や論理的思考力といった能力を必要としているのに対し、大学のカリキュラムは研究者養成を意図しているところに乖離があるからだろう。

逆に日本にに比べれば米国企業から同様の声が出ることは少ないが、その背景には、

  • 大学院進学率が日本と米国で4.5倍の差があるなど専門知識に対する需要の差
  • 企業のニーズに合わせるために学生が複数専攻することが珍しくない
  • 研究型大学とリベラルアーツ大学などポジショニングの明確化

といった理由がある。そもそも大学で教えるような専門知識の需要が多く、学生側も複数専攻をするケースは少なくない。一説では米国ではダブルメジャーである学生が全体の1/4に達する。(これが卒業コストやドロップアウト率を高める一因にもなっている。)リベラルアーツ大学は、研究を行う大学院を持たず、少人数教育により論理的思考力や批判的思考力を養い、インターンや就職指導までを行ういわゆる「企業が欲しい能力を養うカリキュラム」である。

こうした理由から、米国ではビンユニのような大学が増える素地が十分にあるが、日本では従来の企業内大学のように「シグナリングで人材を集めてから社内教育」という方向性から変えづらいと思われる。

       

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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