「役立つ」研究の重視は経済成長に「役立つ」のか

要約

  • インドの科学技術大臣が科学技術研究のインパクトファクターを論文掲載数ではなく社会への有用性に変えるべきと主張
  • 短期的には経済効果が高いかもしれないが、長期的には新たな研究分野の発展を阻害する可能性がある
  • イノベーションのジレンマと同じ構造がある

研究のインパクトファクターは有用性で評価されるべき(The Hindu)

  • インドの科学技術大臣ハーシュ・バーダンは「研究のインパクトファクターは、論文が掲載された雑誌の数ではなく、有用性に基づくべき」と主張
  • 正確な天気予報技術で4000万人の農民が恩恵を受け、GDPを押し上げる効果があると例示
  • クリーンエネルギー研究などの施設をリストアップすることで、若い研究者や起業家がそれらの知見や施設の活用を後押しするとも述べる

解説

2019年2月14日と15日にインドの全国レベルの学術カンファレンスGyan Sangam 2019が開催され、「科学、技術、起業家精神におけるインドの革新」というテーマで会議が行われた。

そこで科学技術大臣は、科学技術(恐らく自然科学を指していると思われる)のインパクトファクターを、論文掲載数ではなく、「人々の生活に与えた影響の大きさ」や「社会問題の解決への有用性」に基づくものに変えるべきと主張した。

インパクトファクターは、一般的には論文雑誌ごとの平均被引用回数などで点数付けしたもので、研究者の評価などに使われる。ひとえに論文の掲載数と言えども、Natureなどはよく引用され学術界への影響が大きいものから、殆ど引用されない無名の雑誌、酷いものだとお金さえ払えば査読も無しに論文を掲載してしまういわゆる「ハゲタカジャーナル」までピンキリだからである。

例えば経済・経済統計・金融の分野だと、Scimago Journal & Country Rankによると、2017年で米国で最もインパクトファクターが高い論文雑誌はQuarterly Journal of Economicsの29.602である。(ランキング中の最低点は0.100である。)

このインパクトファクターの点数付けを論文掲載数・引用回数ではなく「社会への有用性」に変えよというのがバーダン大臣の主張である。

一体どうやって計測するのか分からないが、仮に何らかの基準(経済効果・社会的厚生など)で判断するとしよう。

短期的には、ある分野が活況になれば、それを発展させた応用研究が活発になり、それが産業に活かされると経済成長に寄与するかもしれない。例えば今なら人工知能研究が活発で、ニューラルネットワークをベースに様々な新しいモデルが開発されている。これらは多くのビジネスを生み出し、沢山の問題も解決している。

しかし、長期的にはプラスかどうかが疑問である。例えば当初、量子論は物理学の中でも「何の役に立つか分からない哲学みたいなもの」といった扱いを受けていた。しかし、その後量子力学へと発展し、今では半導体産業などで欠かせないものになっている。もし、ニュートン力学の範疇でのみ応用研究が行われていたら科学技術の発展は遅れていたのではなかろうか。

これはまさにクリステンセンが示した有名な持続的イノベーションと破壊的イノベーションと同じ構造ではないだろうか。クリステンセンの企業は大企業による持続的イノベーションと新興企業による破壊的イノベーションだが、学術分野では「すぐに役立ちそうな研究分野」と「役立つかどうか分からない新しい研究分野」となり、インパクトファクターの変更が後者の破壊的イノベーションを阻害する可能性がある。

今回の発言は大臣の一意見だが、実際に国の学術政策などに影響を与えるようになれば、長期的な経済成長率を押し下げる可能性があるかもしれない。

参考文献

The Hindu, “Impact factor of research should be based on usefulness”

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金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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