【書評】人類の足跡10万年全史

原著は2003年、邦訳は2007年と古い本だが、現世人類の進化と移動の歴史を知ることができるだけでなく、学問に蔓延るヨーロッパ中心主義や重鎮の自説への固執、遺伝的多様性の低さなど、現代リベラルや新型コロナウイルスなどについて考える上で非常に興味深いものである。

人類の移動の歴史が出アフリカ説であることに異論を呈する研究者は今は殆どいない。人類はアフリカから出た小集団が世界中に拡がっていったという仮説だ。嘗て多地域進化説が主流で、出アフリカ説が出てからも激論が繰り広げられたのは、各大陸で見つかるヒト族が不思議とその地域の現生人類と骨格が似ていたからだ。(例えばヨーロッパのネアンデルタール人は骨格が頑強だし、アジアのホモエレクトス<ピテカントロプス>は扁平な顔が特徴だ。)

それを変えたのが今では常識のミトコンドリア・イブやY染色体など遺伝子で人類の移動を追跡するというアプローチだ。

まず、女性のみに受け継がれるミトコンドリア・イブと、それが1000世代に1世代の確率で起こる僅かな変異を追跡して人類の移動過程を整理するだけでなく、遺伝子的な証拠から南ルート説が提示された後も、北ルート説を支える背景にヨーロッパ中心主義があることへの批判も繰り広げられる。

人類の移動として定説なのは下図のようなルートである。L3と呼ばれる遺伝子配列のヒトが、現在のエチオピア当たりから紅海を渡ってインドの方向に向かい、そこからR・N・Mに分かれ、それがヨーロッパ、アジア、オーストラリアの方向に分かれていき、アジアからは更にベリンギア(ベーリング海辺り)を渡ってアメリカ大陸に至ったというルートだ。

ミトコンドリア・イブによる人類の移動
出典:Maulucioni / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)

つまり紅海を渡るルートが出アフリカ南ルート説であり、そしてアフリカ以外の現生人類のルーツは全てインドに求められるというのが主流だ。

しかし、それをなかなか受け入れられなかったのがヨーロッパの出アフリカ北ルートを唱える研究者だった。北ルート説はアフリカから渡る事は同じだが、エジプトとシナイ半島を結ぶ箇所から北上したというものだ。これは多くの優れた石器が出土し、その後も産業革命など経済的に発展したヨーロッパが最も先に人類が到達した箇所であり、インドがルーツというのは受け入れられないというものだ。

現在ではネアンデルタール人との交雑や移動など北ルート説を部分的に裏付ける証拠もあがってきており、2003年に書かれた当初とは状況が異なってきているが、少なくとも当時はヨーロッパ中心主義に凝り固まった所から北ルート説に固執する動きが多かったことがわかる。

次にヨーロッパ中心主義への批判も念頭に置きつつ、遺伝子が技術革命を生み出したという従来の説を覆す証拠が整理される。しかし、考古学的な証拠では人類は100万年前までに脳容量の成長の大部分を実現しており、人類がアフリカを出る15万年前までに道具を作ったり絵を書いたりするなどおよそ文化や技術と呼ばれるものの素地を生み出し、その間はそれほど脳容量は成長していない。

ヨーロッパで多く石器が出土したのは多くの発掘調査が行われていただけであり、人類はかなり早期のうちに現代の科学技術を生むための進化を遂げていたという意味でも、ヨーロッパ中心主義への批判、「遺伝子が文化を生む」という概念の転換が意識される。

その後、アジアやオーストラリア、アメリカへの移動についての説を、既存の説に丁寧に反論しながら行われる。特にアジアからアメリカ大陸への移動については、氷河期後の1万年以内という「最近」に行われたというクロヴィス最古説が主流だった。

その後炭素年代測定法や多くの考古学的出土から、それ以前にアメリカ大陸に渡った証拠が出てくるが、クロヴィス派は自説の擁護のために非学術的な方法で反対派を攻撃する。例えば(取るに足らないものも含めて)無闇に長い反論を出すことで新しい論文を出す時間を阻害して新説派の言論活動を封じたり、学術誌ではない一般誌で攻撃をすることで世論を煽るなど「反論を聞きいれて議論を積み重ねて発展していく」という学問の理想とは程遠い「政治」が行われた。

全体として、人類の移動史を系統樹や地図などを使いながら、他説に丁寧に反論しながら解説する形の分かりやすい入門書となっている。

エピローグで重要な指摘は「人類は遺伝的多様性が低く伝染病に弱い」ことである。わずかな集団アフリカからインドに渡り、そこから世界中に拡がっていったため、人類の遺伝的多様性は小さい。だから、最近(2020年3月現在)の新型コロナウイルスを含め、一度伝染病が「輸出」されれば、瞬くに世界中に拡がってしまう。

一部の病気について抗体を持つ民族などは存在するが、全体としては遺伝的多様性が低い。これは移動のルーツもあるが、世界中に存在したホモエレクトスやネアンデルタール人などを尽く駆逐していったという「種としての不寛容」も影響しているだろう。他の人類との交雑の痕跡はあるものの、それが大きく拡がるということはなく、途中で絶滅してしまったと考えられており、人類の不寛容さは10万年以上に渡って維持されている文化ではないかとさえ思える。

参考文献:スティーブン・オッペンハイマー(2007)『人類の足跡10万年全史』草思社

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