ポピュリズムと宗教で拒否されるワクチン接種

ロンドン大学クイーン・メアリーの公衆衛生専門のジョナサン・ケネディ博士がアルジャジーラでヨーロッパに蔓延するワクチン拒否の状況について説明している。その内容が興味深いだけでなく、ワクチン拒否で集団免疫が効かなくなると人命が損なわれたり医療費が財政圧迫したりするので、是非紹介したい。

ワクチンの躊躇は「ムスリムの問題」だけではない(Al Jazeera)

  • ワクチンや予防接種に対する敵意はイスラム教徒の問題として描かれやすいが、イスラム教徒だけでなくヨーロッパ全体の公衆衛生上の問題となっている
  • パキスタンでのポリオ罹患率が2004~2011年の米国の無人機攻撃の頻度と相関している(米国に対する敵意からイスラム過激派がポリオ予防接種キャンペーンを妨害)
  • ヨーロッパは世界的に見ても予防接種拒否率が高い
  • ヨーロッパの麻疹は2016年の5,273例から、2017年の23,927例、2018年の82,596例と急増
  • 左右を問わずポピュリズム政党は「エリート」への敵対心を利用するためにワクチン・予防接種拒否を利用

解説

日本でも一部で「ワクチンを接種していないが病気になったことが無い」などと言って反ワクチンを煽る人がいるが、最初に指摘しておくがこれは、

集団の中の十分な割合が感染症に対して免疫をもつと感染爆発が起こる可能性がほぼなくなり、感染症の伝播が抑え込まれるので、ワクチン未接種の者もある程度感染から守られる。集団免疫が成りたつために一定以上の接種率が必要であることは、 裏返せば、個々の親にとっては、十分な接種率が達成される限りは自分の子が接種を受けなくてもよい、 すなわちただ乗り(フリーライド)できることを意味しうる。

加藤(2015: 42)

だけであり、多くの人が公衆衛生維持に協力しているからこその「集団免疫(community immunity)」ができているからであり、「ただ乗り」しているだけという事を明確にしておきたい。

さて、ヨーロッパのワクチン拒否は日本のような非科学的な思考に基づくものばかりではないようである。まず、従来から言われているように過激なイスラム教徒による反西洋主義的な医学への反対からくるワクチン拒否がある。これには加藤(2015: 46)も指摘するように、場合によってはワクチンの材料(ゼラチンなど)への懸念が主張されることもある。

そして、記事で書かれている通り、ヨーロッパのワクチン拒否の傾向はイスラム教徒だけでなく、ヨーロッパ全体で広がっている問題である。

以下は、アルジャジーラの記事でも紹介されるLarson et al.(2016)に掲載されている図である。この論文は69ヶ国でのワクチン懐疑論についての調査研究において「全体的にワクチンは安全だと思う(overall I think vaccines are safe)」と回答した人の割合を色でマッピングしたものである。

色が濃いほどワクチンを安全だと思っている人が多い(灰色は未調査)のだが、フランスは非常にワクチンに対する信頼度が高いが、ヨーロッパのそれ以外の地域では色が薄いことが分かる。この調査では回答者の属性から反ワクチンの理由を統計的に解析しているが、有意差が出たものとしては、

  • 教育
  • 所得
  • 宗教

などがあり、欧州や米国では特に宗教の影響が強い

ワクチンの安全性についての意識
出典:Larson et al.(2016)

そして特に最近は左右を問わずポピュリズムとの関連性が強いことが指摘され、以下のような例が上げられている。

  • イタリアの五つ星運動は参議院で州立学校入学前の予防接種を義務付ける法律を撤廃
  • ギリシャでは急進左派連合SYRIZA政府が子供の予防接種の義務付けの撤廃を主張
  • フランスでは国民連合のルペン氏がワクチンの安全性に疑問を呈する

下図は2014年の欧州議会選挙において「反体制派の政党に投票した人の割合(濃い青色)」と2015年の調査で「ワクチンが重要でないと思うと回答した人の割合(水色)」を国別に示したものだが、欧州地域で明確に相関していることがわかる。

なお、前述の加藤(2015)は米国のワクチン拒否についての研究で、ワクチン接種拒否の理由を以下のように分類している。

  1. 医学的な理由によるワクチン接種拒否(アレルギー、免疫不全など合理的な理由)
  2. 妥当でないリスク評価(過剰なリスク評価、製薬業界の陰謀論など)
  3. 宗教的理由による接種拒否(州によっては拒否が合法)
  4. 個人的理由による接種拒否(公権力による強制はいかなるものも拒否など)

これに関して1は当然容認されるが、2~4が問題となる拒否である。2は日本に多いタイプと思われ、3は記事で言えば過激なイスラム教徒や加藤(2015)に出てくるエホバの証人や福音派の主張と関連する。4がヨーロッパのポピュリズムによるものであり、左右を問わず反ワクチンで一致しているというのは興味深い。

医学的な見地も当然だが、反ワクチンの人が増えて集団免疫が機能しなくなると、人命が損なわれたり医療費が財政圧迫をしたりするので、投資家の立場としてもワクチンは接種するようにした方が合理的だと思う。

参考文献

Al Jazeera, “Vaccine hesitancy is not a ‘Muslim problem’ But it does seem to be a European one.”

Larson, Heidi J., et al. “The state of vaccine confidence 2016: global insights through a 67-country survey.” EBioMedicine 12 (2016): 295-301.

加藤 穣, アメリカ合衆国においてワクチン接種が拒否される理由, 医学哲学 医学倫理, 2015, 33 巻, p. 41-51, 公開日 2018/02/01

       

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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