インド市民権法に与党内からも疑問の声

12月10日インド市民権法改正法の可決により、国内での抗議活動に歯止めを掛からなくなり、22日時点で死者は25人にも達している。この改正法は、名目上はイスラム教徒が多いアフガニスタンやバングラデシュ、パキスタンで迫害されて逃れてきたヒンドゥー教徒、シーク教徒、仏教徒、ジャイナ教徒、ゾロアスター教徒がインドの市民権を取得できるようにするものである。

参考:AFP「インド下院、市民権改正法案を可決 イスラム教徒以外が付与対象」2019年12月10日

参考:時事ドットコム「インド首相、抗議行動沈静化呼び掛け 国籍法改正問題、死者25人に」2019年12月22日

しかし、そこにイスラム教徒が含まれていない事から、ヒンドゥー至上主義を掲げるモディ政権や与党BJPアミット・シャー総裁などによる差別的政策として捉えられている。結果としてインドに10%以上存在するイスラム教徒の地位を脅かしかねないとしてデモ活動が続いている。

モディ首相は「インド国籍を持つ者に影響は無い」として否定しているが、既にカシミールの自治権の剥奪や国民登録簿の作成など党の基本綱領や選挙公約を着々と進めており、その延長だと明確に批判されている。

この法律の目的は、迫害されて逃れてきた周辺国の宗教的少数派を保護することなどではない。宗教を市民権獲得の条件にすることで、インド建国の理念のである世俗主義に挑戦しようというのだ。法律はイスラム教を名指ししてはいないが、あからさまな除外に排除の意図は明らかだ。

ニューズウィーク日本版「インドが平和を捨てて宗教排他主義に走る」2019年12月18日

そう、イスラム教を名指ししていないのがポイントである。与党としてはこの法律は「イスラム教国家で迫害された少数民族」が対象なのだからイスラム教徒は無関係だというロジックである。

しかし、イスラム教と言っても一枚岩ではなく、スンニ派・シーア派の区別だけでなく、様々な宗派が存在し、実際に迫害を受けているケースは多くある。

これに関して与党BJP(インド人民党)党員でチャンドラ・クマール・ボース西ベンガル州副知事はそのロジックがおかしいとしてTwitterで党を批判し、「パキスタンやアフガニスタンに住むバローチ人」や「パキスタンのアフマディーヤ」はどうなるのかと疑問を呈している。

遊牧としてのイメージが強いバローチ人は、歴史的に自律的な志向を持つ。パキスタンのバローチスタン州に住むバローチ人の中でも分離独立運動は活発であり、一部は過激派も存在する。彼らの多くはパキスタンと同様にイスラム教スンニ派を自認するが、宗教的に閉鎖的なパキスタンから亡命するケースは少なくない。

また、イスラム改革派であるアフマディーヤは、パキスタンにおいては異端とされ、同国内では「反アフマディーヤ」政策によりイスラム教徒を名乗ることすら許されず、迫害を受けている。彼らも広義ではイスラム教徒でありインドに逃れて来る難民の中に存在する。

あくまでもボース副知事は、インド国内のイスラム教徒を守るために批判するというよりかは、党のロジックに穴があり「イスラム教徒だけを法律の対象にしていないことがおかしい」という論点を提起している。

また、状況を複雑にしているのはモディ首相がアフマディーヤやバローチ人を支持しているということである。インドの敵国であるパキスタンに迫害されている者を支持、つまりは「敵の敵は味方」である。前述の通り、市民権法改正法も基本的にはBJPが敵視するイスラム教国家に迫害を受けた人を助けるための法律だが、そこにイスラム教徒が存在することで矛盾が生じているわけである。

今のところ、与党はカシミールのインターネットを遮断するなど強硬的にデモを鎮圧する方向に向かっている。また、保守的なヒンドゥー教徒からは熱狂的な支持も受けている政策でもある。それ故に、現状は方針転換する可能性は低いが、党内からも批判的な声が出ていることには注意が必要である。

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