複雑なイスラム教の相続制度と終活ビジネスチャンス

日本でも所有者不明の不動産が問題となっており、相続時の不動産登記の義務化を検討するなど対策が取られているが、イスラム教徒が多いマレーシアでは日本以上に深刻な問題となっている。

イスラム相続法においても大雑把に見れば法定相続制度が採用されており、英米法系が採用する自由相続制度とは異なり、遺産を可能な限り同一の共同体に相続させる事が目的とされている。

日本などの遺留分制度では、被相続人の遺言による財産処分(遺贈)を直接制限するものではなく、遺贈の超過部分について減殺請求権を与えるに過ぎない。つまり、遺留分を超過する遺贈があったとしても、減殺請求しない限りは有効である。

一方でイスラム相続法においては、遺贈は純遺産(葬式費用と債務を支払った後の残余財産)の1/3を限度とし、超過部分は相続人の同意が無い限り無効である。(河野,1970)

問題はマレーシアのようなイスラム教徒だけでない多民族国家においては、親がイスラム教徒(ムスリム)に改宗し、子供はイスラム教徒ではない(非ムスリム)といったケースや、イスラム教徒が非イスラム教徒である養子を取るなど親族内で宗教が異なるケースも多々存在するようになっている。

しかし、イスラム相続法における法定相続人(ザウ・ル・ファラーイド)はイスラム教徒のみであり、明確に遺言を残しておかないと子供などが相続できないケースが存在する。

マレーシアの受託会社As-Salihin Trustee社の調査によると、マレーシアには推定600億リンギット(約1.6兆円)の相続者不明の資産が存在し、その多くは固定資産であり、適切な遺言や信託によって相続がされていない状況がある。

特に不動産についてはその額が大きいので、マレーシアでもIslamic Estate Planning(IEP)と呼ばれる生前における不動産の適切な贈与計画の重要性が指摘されている。このAs-Salihin Trustee社はこのIEPを専門とする受託会社なのであるが、同社によるとイスラム教徒の85%が土地の相続について何も準備をしていない

こうした遺産相続に関する準備の欠如には、今まではムスリム社会の中だけでイスラム相続法のみに基づき、純粋にザウ・ル・ファラーイドに従って相続すれば何も問題が無かったという背景があると考えられる。しかし、宗教の混在だけでなく民主主義的な価値観も入っているので、ただイスラム相続法に従えば思うように相続されない。

前述の非ムスリムへの相続もそうだが、Faraidでは女性の相続分が少ないので、男女平等という価値観に併せて相続するなら、生前に遺贈を決めておかなければならない。(なお、相続人に対する遺贈は、一般にスンニ派では他の相続人の同意が無い限り無効であるが、シーア派では1/3までは認められるという解釈が多い。)

また、イスラム相続法では想定されていなかった資産の相続についても問題が起きやすい。株式は勿論、多様化するイスラム金融商品など、資産の評価や分配方法などが問題となるケースが非常に多くなっている。

1/3の遺贈と法定相続分に関してのトラブルも多い。というのも、イスラム相続法においては敬虔な目的のための遺贈が存在する。(八木・河野,1965)

  1. ファラーイド(義務的な遺贈):死者に代わって巡礼を遂行するための遺贈
  2. ワージバート(賞賛されるが義務的でない遺贈):断食を破った償いとして貧者に施しをするための遺贈
  3. ナワーフィル(任意的な遺贈):橋や宿屋を作るための遺贈

こうしたシャーリアの範囲での遺贈を行う被相続人は多く、IEPはイスラム教徒が家族に対する責任を認識し、紛争を回避するのに役立つと指摘されており、潜在的な需要は非常に多い。(Labuan IBFC, 2019)

こうした複雑な制度や現状と、今後のイスラム金融の成長などと併せて考えれば、遺産相続におけるビジネスチャンスは非常に大きいものと言えるだろう。

参考文献

Labuan IBFC, “INSIGHTPLUS” March 2019

The Edge Markets, “Estate planning: The benefits of Islamic estate planning (Pt 1)”

八木斅代, & 河野斅代. (1965). イスラーム法における遺言.

河野斅代. “イスラム法における遺贈制限.” (1970).

       

この記事の著者 HAL について

金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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