投資に役立つ『全世界史』(3):強制移住

今回も引き続き出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫 より、読む過程で投資に役立つヒントとなると考えたものを紹介していく。今回は第二部第1章「世界帝国の時代」から、強制移住であるバビロン捕囚とインドの王朝が長続きしにくい背景からヒントを得る。

前回:投資に役立つ『全世界史』(2):移動とアルファベット

反抗には強制移住

アッシリア帝国滅亡後、肥沃な三日月地帯では新バビロニア、メディア、エジプト、リュディアが並立する四国分立時代を迎える。そこで頭角を現したのが新バビロニア王国で、ネブカドネザル2世は、メソポタミアからシリア、パレスチナを支配し、ユダヤ人によるユダ王国(南王国)を滅ぼしている。その際に、抵抗した住民を首都バブロンに強制移住させたのが、あの有名な「バビロン捕囚」である。

重要なのは次の指摘である。

なお、反抗する住民の強制移住は、古代から現代のスターリンまでよく行われてきた政策の一つです。軍隊中流させるよりコストが安いと考えられていたのです。広い意味では江戸時代の参勤交代もそうです。

出口治明(2018)『全世界史 上巻』新潮文庫(p. 69)

別にスターリンまでと言わず現在でも、北朝鮮は日常的に強制移住を行っているし、中国もチベット人やウイグル人に対して強制移住を行っている。その意味では強制移住は少なくとも2,600年以上前から使われ続けているテクニックである。

参勤交代までを含めるならば、難民も土地収用も強制移住として含めて良いだろう。(実際、Wikipedia日本語版では、両方とも「強制移住」のカテゴリに入っている。)

難民は自発的に出たという見方もあるが、政治的な理由でやむを得ず、あるいは半ば強制的に移住したケースが多く、大きな枠組みで見れば強制移住である。土地収用は明らかに強制移住の手法である。但し、それが合法的か非合法的か、十分な補償があるかなどについては国によって異なる。

発展途上国が開発を進める過程で多かれ少なかれ土地収用は行われるが、それを行うためのシステムや実効性がどうなっているかということは、特に不動産投資などにおいて不可欠な知識となろう。また、日本などまともな民主主義国家においてはなかなか実施に至らないことも多く、それも開発においてはネックとなることも多い。

インドは統治が難しい地域

アショーカ王で有名だが、インドの南端以外を支配するマウリヤ朝があった。マウリヤ朝ができたのは、アレクサンドロス大王の侵入という外圧により、国内をまとめようという気運が高まって生まれた王朝だが、150年弱しか続かなかった。著者はインドは統治が難しい地域であるとし、その理由として以下のように述べている。

 インダス川中流域(パンジャブ地方)とガンジス川中流域という二つの中心があり、南のデカン高原は暑くて乾いていて、民族も多様なら、言語も多様です。ですからなにかのはずみで統一しても、その外圧がなくなったらすぐにバラバラになってしまいます。マウリヤ朝も百五〇年弱しか続きませんでした。

 地理的条件も気候条件も違う広大な地域を統一しようとすれば、統治技術が相当進化していないと不可能です。マウリヤ朝のあと、十六世紀のムガール朝までインドに統一国家は生まれませんでした。

同上(pp. 86-87)

気候と風土が異なれば文化が異なる。文化が違えば民族的な統一は難しい。実際、日本も明治時代までは国といえば藩であったり○○国であったり、今で言う地方政府という狭い範囲での統一であった。「日本人」というアイデンティティが生まれたのは明治時代以降だが、天皇を中心とした国家神道がその役割を果たした。

インドの環境の差、文化的な差は日本以上に激しい。仏陀が現世を地獄と捉えたのもインドの暑さが由来と考えられているが、その環境は過酷で、地域差も大きい。更にインドではインド市民権法の話を出すまでもなく、宗教的な対立は根深い。

広い国土と豊富な人口は抜群の潜在性を持つが、その最大のリスクは政治リスクであり、長く安定して繁栄し続けることが難しい地域であることは歴史が証明している。

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