共同通信によると4月5日、ASEAN財務相・中央銀行総裁会議がタイのチェンライで開かれ、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の年内妥結に向けて努力する方針を確認した。
2012年に始まったRCEPの交渉だが、昨年も「年内妥結が目標」と報じられるなど、なかなか妥結が進まない。ASEAN10ヶ国に、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド を加えた16ヶ国、世界人口の45%、世界GDPの1/3以上を網羅する大規模なFTAであるが故の交渉の難航性は当然あるが、問題はそれだけではない。
ガジャ・マダ大学(インドネシアの国立大学)世界貿易研究センター(CWTS)の研究員Eva Novi Karina氏は、2016年に流出した日本による電子商取引(eコマース)に関する草案は、自由貿易を謳っているが先駆者の寡占を保護するような内容であり、ASEAN経済がデジタル植民地主義と言われる先進国依存の状態に閉じ込められる可能性があると批判している。
論考は長くテクニカルだが、ここではできる限り平易に要約しながら、内容を補足する。
日本の草案のうちeコマースに関する内容は、TPPを概ね踏襲しており、米国型の電子商取引モデルを推進するものであるという。RCEP、TPP、TiSA(サービス貿易協定)、日欧FTA、WTO提案のいずれも、以下の3つの本質的な内容を共有しているという。
- データの処理や保存、ソースコードへのアクセスの転送や提供、利用するコンピュータ設備についての国内要件の禁止
- 消費者保護、個人情報保護、検閲制限、スパムメール、インターネットやオープンネットワークの利用に関する弱い規定
- 電子通信に関する関税の撤廃、電子署名による取引の合理化、国際協力、による越境商取引の促進
1は、国内で営業する外国企業が、収集したデータを本国へ転送すること禁じる「データローカライゼーション」を認めないという規定である。グローバル化とIT化の流れによって膨大なデータが国際的にやり取りされる一方で、様々な問題も生じてきている。それを解決するためのある種のデータの鎖国がデータローカライゼーションである。
情報通信総合研究所の前顧問平田正之氏によると、データローカライゼーションの主な目的は以下の4つである。
- プライバシー保護
- 自国の産業保護・育成
- 安全保障
- 法執行・犯罪捜査
このうち、特にプライバシー保護を中心に据えたデータローカライゼーションがEUのGDPRであるが、Eva Novi Karina氏はASEANにおいては「自国の産業保護・育成」に悪影響を及ぼすと懸念している。
草案では、外国企業が本国に個人情報や商業情報を送信することを阻止できないばかりか、政府がデータ送信が可能な国のリスト(要するにオフショア)を作成することすら認められない。
勿論、表面的には自由貿易の推進においてはデータの処理や転送を自由にすることは重要ではあるが、海外やクラウドのコンピュータ設備が利用され、先行者が持つ膨大な情報とネットワークを用いて営業されれば、外国企業が進出してくるのに国内のコンピュータ設備(データセンターなど)などのインフラ開発が進まない、というのが論考で懸念されている内容である。
ASEANの側としては、積極的に自由貿易を進めて外国資本を誘致し、自国の産業発展につなげたいという狙いがある。外国資本にとっては成長著しい市場を開拓したいという思惑がある。このWin-Winの関係は伝統的な産業であれば工場の建設などを伴うが、eコマースといった新しいビジネスにおいては極論すれば、現地に何も建設せずとも進出できてしまう。
Eva Novi Karina氏は、21世紀のデジタル革命の活用において主権と政策を維持するのであれば、こうした草案に抵抗する必要があると主張しており、まだまだ交渉は難航する可能性がある。
参考文献
The Diplomat, “The Risk of E-Commerce Provisions in the RCEP”, 4 Apr 2019
RCEP – draft e-commerce chapter terms of reference (February 2015)
共同通信「RCEPの年内妥結へ努力:ASEAN財務相会議が閉幕」2019年4月5日
InfoComニューズレター「越境データ流通の拡大と データローカライゼーションの動き」2018年5月29日