フィリピン中央銀行(BSP)副総裁チューチー・フォナンシアはアラブニュースの取材に対し、9月に施行された「イスラム金融機関の規制と組織を提供する法律」に従い、年末までにイスラム銀行の施行規則を導入することを目指していると答えた。
この法律は、フィリピンで人口の5~11%を占めると言われるイスラム教徒による金融市場へのアクセスや海外からの投資拡大を念頭に置いており、施行規則を定める権限についてはBSPが保有すると規定されている。
施行規則で可能になると想定されているものとして、
- 本格的なイスラム銀行やイスラム銀行窓口の設立
- 従来型銀行によるイスラム銀行窓口の設置
- 従来型銀行によるイスラム銀行子会社の設立
- 外国のイスラム銀行の参入
などがある。
フィリピンがイスラム金融の推進を急ぐ背景には以下の3つが考えられる。
- 世界的なイスラム金融市場の伸びとフィリピンの遅れ
- フィリピンにおけるイスラム金融市場の可能性
- ミンダナオ島での独立運動とアイデンティティ
イスラム金融市場の伸びについては当サイトでは何度も指摘しているので改めて説明することはないが、それに対してフィリピンでは対応が遅れており、ビジネスチャンスを取りこぼすという指摘が国内でも多かった。
例えば、政党アナック・ミンダナオのアミヒルダ・サンコパン下院議員は、ASEANでイスラム金融法が整備されていないのがフィリピンとラオスだけと指摘しており、同法の成立を求めていた。(日本貿易振興機構)
また、人口が1億人を超えるフィリピンにおいて、イスラム教徒の割合が5~11%というのは潜在的な市場規模としては非常に大きい。5~10%と幅があるのは、米国国務省の民主主義・人権・労働局によると、2000年の国家統計局による調査で5%であるのに対し、2012年のムスリム・フィリピン人国家委員会(NCMF)の推定では1,070万人(11%)がイスラム教徒であると参照すべき数値に幅があるからだ。
フィリピンは歴史的にはスペイン人による植民地化でキリスト教徒が国民の8割以上を占めるに至っているが、民族的にはマレー系であり、インドネシアとの交流などからイスラム教徒も多い。特にイスラム教徒の勢力が強かったのがミンダナオ島で、スペインの植民地支配に対して多くのイスラム教徒がミンダナオ島に逃げ込んで抵抗したという歴史的経緯もあり、ミンダナオ島では人口の20%以上がイスラム教徒と言われる。
一方でミンダナオ島のイスラム系反政府勢力との争いはフィリピン政府にとっても悩みの種である。2018年の「バンサモロ基本法」を受けて2019年2月にミンダナオ島の暫定時事政府が発足したが、未だ戒厳令は解除されていない。
それでもイスラム教徒としてのアイデンティティの強化は、イスラム金融の利用者を増やす可能性が高いと考えられる。サウジアラビアなどの例を見ても分かるように、元々は通常の金融が普及していた国において、イスラム教徒としてのアイデンティティの高まりや政策の強化によって需要が増えている国も多い。
今のところ、フィリピンにあるイスラム銀行は1973年に設立されたアルアマナ銀行だけで、これまでは法整備が未発達であることからビジネスが拡大していなかった。(2008年にフィリピン開発銀行に買収されている。)
来年以降は国内銀行が子会社としてイスラム銀行を設立する動きは増えてくるだろうし、海外のイスラム銀行も積極的に参入してくる可能性は高いと言える。
参考文献[1]:Arab News, “Philippines to set rules on Islamic banking by year-end”, 6 Nov 2019
参考文献[3]:日本貿易振興機構「フィリピン初のイスラム金融法が施行」2019年9月18日
参考文献[4]:日本貿易振興機構「ミンダナオ島の戒厳令、2020年まで延長か」2019年10月24日
参考文献[5]:川島緑(2012)『マイノリティと国民国家―フィリピンのムスリム (イスラームを知る)』山川出版社