筆者は最近、人工知能(AI)について理論や実例などを他者に教える機会が増えている。その時、決まって聞かれるのが「何ができるのか」という質問である。勿論、一般的なことには答えられるし、事例が知りたければ以前紹介したようなG検定公式テキストなどで勉強してみるのも良いし、情報処理推進機構のAI白書2019なら非常に膨大な事例が出てくる。
情報処理推進機構AI白書編集委員会編(2018)『AI白書2019』KADOKAWA
しかし、こうした質問はそういう意図ではない。「(うちの会社なら)AIで何ができるか」が聞きたいのである。勿論、一般的な事は言える。例えば生命保険会社であれば、
- AIチャットボットによる顧客質問対応
- 営業支援ツール(営業トーク診断)
- 提案書自動生成システム
- 顔写真による健康状態の判別
- AIによる保険商品提案システム
- 審査の自動化、保険商品のカスタマイズ
- AIによる運用
など、これらは程度に差はあれ全て実用化されており、実際に現場で利用されている。
しかし、大企業ならまだしも中小企業であれば、いきなり大きな事をやろうとしてもコストが莫大にかかったり、或いは十分なデータを集められないといったことが多々がある。なので、メディアで報道されるような派手な事ではなく、一般的には小さな事から始めるのがベターとされる。
その時に「うちの会社なら何ができるか」を明らかにしようと思えば、まず自社の業務プロセスを細かく列挙することが必要である。
この時の粒度は出来る限り細かい方が良い。そうすると、無駄な業務が無いかが見つかりやすい。例えば、
- 特定のフォルダを開けてExcelファイルを開く
- 業務に必要な参考資料を開く
- データをコピーして転記する
- 入力内容をチェックする
- 上書き保存する
など可能な限り細かく列挙するわけだ。そうすると、
- 無駄にフォルダが深くてわかりにくくなっていないか
- Excelと参考資料をいったりきたりして時間が無駄になっていないか
- そもそも転記を手でやる必要があるのか
- チェックも自動化できないか
- 保存忘れで作業時間が無駄になったことはないか
など様々な問題が明らかになりやすい。こうしたことはコンサルに聞いても分からず、現場の人間にしか分からないので、細かく作業プロセスを記録することが重要である。
そうすると、AIで○○を予測といった派手な内容ではなく、先に無駄な事務所類を何とかしなければならないといった問題が浮き彫りになりやすい。自動化が進んでいない企業は、こうした細かな作業が膨大に積み重なっているケースが多いので、一般的には一見すると地味な部分の自動化が優先されるべきである。
例えば生命保険でも、前述のような派手な方法だけでなく、オリックス生命がAI-OCRを導入する事を決めるなど、事務処理の自動化なども行われている。これは、毎年50万件以上の新規契約の申込みがある同社で、申込時に帳票に記載された膨大なデータを人の手で入力する作業が発生しており、それを解決するものである。OCR自体は古い技術であるが、正確性だけでなくセキュリティの観点も重視されたシステムである。
参考:EduLab「オリックス生命の社内業務効率化に向け、AI-OCR「DEEP READ」の本格導入決定」2019年11月13日
大きく報道される機械学習システムと多くの企業で無駄になっている業務プロセスの間には乖離があることが多い。既存の事例を知ることも当然大事だが、まずは自社の業務プロセスを洗い出すところからAI開発立案は始まると思って良いだろう。