発達障害者雇用バブルとフレーム問題

障害者雇用促進法改正による2018年4月1日からの障害者雇用率引き上げに伴い、大手企業を中心に精神障害者雇用バブルとも言える状況が昨年から発生していた事を知っている人は少なくないだろう。

法定雇用率が引き上げられる一方で、それまでは雇用対象が障害者身体障害者と知的障害者に限られていたものから、精神障害者も含まれるようになったことが背景にある。精神障害者には統合失調症や鬱病などだけでなく、発達障害(自閉症スペクトラム、学習障害、注意欠陥多動性障害など)も含まれており、発達障害者を中心に採用する企業も多く見られる。

法定雇用率の引き上げに際して、精神障害者の中でも特に発達障害者に雇用が集中するのは、

  • 知的障害者などに比べれば仕事における不都合が少ない
  • 仕事における不都合が比較的少ない身体障害者は既に仕事を持っている
  • 自閉症スペクトラムなどの一部はデザインや数学など特定の分野で著しい能力を持つケースがある

といった理由が挙げられる。

一方でコミュニケーション能力などで不都合が生じるケースは多い。スマホゲームなどで有名な某企業のように、精神障害者だけを集めた専用の企業を作り、集中力の持続などに配慮した環境を作り、デザインなどを行っているケースも見られるが、健常者の従業員と一緒に働く企業の方が圧倒的に多いだろう。

こうした従業員(特に自閉症スペクトラム)を扱う時、知っていて損にならない概念がフレーム問題である。フレーム問題とは人工知能における最大の難問とも言われ、有限の情報処理能力しかないロボットが、無限の可能性について考慮してしまうことで、現実に起こる問題に対処できなくなる事態を指す。

哲学者ダニエル・デネットが示した洞窟の例が有名である。Wikipediaにうまく要約されているので、手抜きを承知でそれを引用する。

状況として、洞窟の中にロボットを動かすバッテリーがあり、その上に時限爆弾が仕掛けられている。このままでは爆弾が爆発してバッテリーが破壊され、ロボットはバッテリー交換ができなくなってしまうので、洞窟の中からバッテリーを取り出してこなくてはならない。ロボットは、「洞窟からバッテリーを取り出してくること」を指示された。

人工知能ロボット1号機R1は、うまくプログラムされていたため、洞窟に入って無事にバッテリーを取り出すことができた。しかし、R1はバッテリーの上に爆弾が載っていることには気づいていたが、バッテリーを運ぶと爆弾も一緒に運び出してしまうことに気づかなかったため、洞窟から出た後に爆弾が爆発してしまった。これはR1が、バッテリーを取り出すという目的については理解していたが、それによって副次的に発生する事項(バッテリーを取り出すと爆弾も同時に運んでしまうこと)について理解していなかったのが原因である。


そこで、目的を遂行するにあたって副次的に発生する事項も考慮する人工知能ロボット2号機R1-D1を開発した。しかしR1-D1は、洞窟に入ってバッテリーの前に来たところで動作しなくなり、そのまま時限爆弾が作動して吹っ飛んでしまった。R1-D1は、バッテリーの前で「このバッテリーを動かすと上にのった爆弾は爆発しないかどうか」「バッテリーを動かす前に爆弾を移動させないといけないか」「爆弾を動かそうとすると、天井が落ちてきたりしないか」「爆弾に近づくと壁の色が変わったりしないか」などなど、副次的に発生しうるあらゆる事項を考え始めてしまい、無限に思考し続けてしまったのである。これは、副次的に発生しうる事項というのが無限にあり、それら全てを考慮するには無限の計算時間を必要とするからである。ただ、副次的に発生する事項といっても、「壁の色が変わったりしないか」などというのは、通常、考慮する必要がない。


そこで、目的を遂行するにあたって無関係な事項は考慮しないように改良した人工知能ロボット3号機R2-D1を開発した。しかし今度は、R2-D1は洞窟に入る前に動作しなくなった。R2-D1は洞窟に入る前に、目的と無関係な事項を全て洗い出そうとして、無限に思考し続けてしまったのである。これは、目的と無関係な事項というのも無限にあるため、それら全てを考慮するには無限の計算時間を必要とするからである。事程左様に、人間のように判断することができるロボットR2-D2を作るのは難しい。

Wikipedia「フレーム問題」

しかし、これは人工知能分野に関わらず、人間にも成立する話である。特に自閉症スペクトラム患者などは、問題を切り分けることが難しいので、仕事の場においては指示などで不都合が生じるケースは少なくない。

融通が利かないロボットと自閉症の人を例えるなど言語道断だと言いたくなる人もいるかもしれないが、人工知能研究の世界でもフレーム問題は人間社会でも普通に起こりうることであるとされているし、自閉症教育とフレーム問題を並行的に考えて双方に役立たせようという研究も少なくない。

例えば日本では古典的なものとして渡部(1998)がある。フレーム問題と自閉症教育が抱える問題には共通点が多く、自閉症教育においては、簡単なことから少しずつレベルを上げていくスモールステップ方式の重要性などが論じられている。同著者による渡部(2005)もある。

人工知能においてもいきなり難しい事を学習させるよりも、例えば自然言語処理なら一般的な単語の意味や関係を事前学習した上で、それをより高度なタスクに活かすといった方法が取られることが多い。強化学習などでも、最初はより単純な空間で学習してから複雑な空間での学習を始めることで学習が進みやすくなるといったケースは多い。

自閉症教育でもう一つ重要なのが構造化プログラムであり、自閉症教育において主流な方法の一つであるTEACCHでは、

  • 1回の入浴で使うシャンプーを小分けする
  • 1日の予定を順に掲示する
  • 絵や写真などでルールや要求をまとめる

といった事が実践される。

構造化プログラムは出来る限り細かく分けられ、スモールステップ方式であることが望ましいとされるが、これは別に自閉症の人だけに留まらず多くの人にとって分かりやすいだけでなく、仕事の切り分けがうまくいきやすい。アジャイル開発なんてまさしく構造化プログラムそのものではないか。

また、発達障害と診断されていなくても、潜在的には多くの発達障害者が多く存在する。星野(2012)によれば、軽度なものを含めれば潜在的には発達障害者が10%以上存在する。読者が働く企業でも「一から十まで言わないと分からない社員」はいないだろうか。

そうした人全てが潜在的に発達障害であるとは言わないが、診断の有無にも関わらず、問題を細かく切り分けて段階的に進めていくというプロセスは業務の円滑化や生産性管理において重要である。

恐らく、今後更に人工知能が社会に普及していけば、社内には、

  • (いわゆる)健常者
  • 潜在的な発達障害者
  • 発達障害者
  • 人工知能

など様々なプレイヤーが分業することになる。個々のレベルで融通が利く利かないはあると思うが、問題を細かく切り分けることは人間にとっても分かりやすいだけでなく、例えば人工知能を導入する時にも、どのような分野であれば自動化できるかなどの整理もしやすい。フレーム問題を題材に考えてみるのも良いと思われる。

参考文献[1]:渡部信一(1998)『鉄腕アトムと晋平君―ロボット研究の進化と自閉症児の発達』ミネルヴァ書房

参考文献[2]:渡部信一(2005)『ロボット化する子どもたち―「学び」の認知科学 (認知科学のフロンティア)』大修館書店

参考文献[3]:佐々木正美(2008)『自閉症児のためのTEACCHハンドブック (ヒューマンケアブックス) 』学研プラス

参考文献[4]:厚生労働省「障害者の雇用」

参考文献[5]:星野仁彦(2012)「発達障害に気づかない大人たち」『平成24年度発達障がい講演会』(PDF注意)

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金融・マーケティング分野の機械学習システム開発や導入支援が専門。SlofiAでは主に海外情勢に関する記事、金融工学や機械学習に関する記事を担当。

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