本稿では、『フィナンシャルエンジニアリング:デリバティブ取引とリスク管理の総体系』(第9版)より第3章「先物を使ったヘッジ戦略」より、ヘッジに伴うリスクとして基本であるベーシスリスク及び価格の相関性が高い別の先物でヘッジするクロスヘッジについて数学的な部分を解説する。
ベーシスの計算
ヘッジ取引に使う資産の現物価格と先物価格は通常、完全には一致せず、その乖離をベーシス(basis)という。
$$ベーシス = ヘッジ対象資産の現物価格-ヘッジ対象資産の先物価格$$
満期までにベーシスはゼロに近づいていくが、それまでの間はベーシスが強まったり弱まったりするのが普通である。ここでは先物契約の満期前はベーシスが正の値であると仮定する。
ここで以下の記号を定義する。
$${ S }_{ 1 }:時点{ t }_{ 1 }の現物価格\\ { S }_{ 2 }:時点{ t }_{ 2 }の現物価格\\ { F }_{ 1 }:時点{ t }_{ 1 }の先物価格\\ { F }_{ 2 }:時点{ t }_{ 2 }の先物価格\\ { b }_{ 1 }:時点{ t }_{ 1 }のベーシス\\ { b }_{ 2 }:時点{ t }_{ 2 }のベーシス$$
ベーシスは正なので、以下のように書ける。
$${b}_{1} = {S}_{1}-{F}_{1} \\{b}_{2} = {S}_{1}-{F}_{1}\tag{1} $$
ここで、ある企業は時点\({t}_{2}\)に資産を売る予定であり、ヘッジの為に時点\({t}_{1}\) で先物契約を売り建てるとする。資産の売却価格は \({S}_{2}\) であり、先物の損益は\({F}_{1}-{F}_{2} \)なので、ヘッジ込の資産の実質的な購入価格は\({S}_{2}+ {F}_{1}- {F}_{2} \)である。
これに(1)を代入すれば以下が成立する。
$${S}_{2}+ {F}_{1}- {F}_{2}={F}_{1}+{b}_{2} \tag{2} $$
\({F}_{1}\)が現時点で分かっており、変動する\({b}_{2}\) が不確実性があるので、これをベーシスリスクと呼んでいる。この数式は買いヘッジの場合も全く同じ形になる。
最小分散ヘッジ比率の計算
次に、ヘッジ対象資産が先物契約の原資産と異なるケースであるクロスヘッジについて議論する。ここで\({S}_{2}^{*}\)を別資産の時点\({t}_{2}\) での先物契約の原資産価格とすると、(2)の左辺を次のように書き換えられる。
$${S}_{2}+ {F}_{1}- {F}_{2}={F}_{1}+({S}_{2}^{*}-{F}_{2})+ ({S}_{2}-{S}_{2} ^{*} ) \tag{3} $$
ここで右辺第2項は「ヘッジ対象資産が先物契約の原資産と同じであった場合のベーシス」を意味し、右辺第3項は「2つの資産が異なることによるベーシス」を意味する。
さて、クロスヘッジの場合、「先物ポジションの大きさ」と「ヘッジ対象資産の大きさ」の比率をどうするか考えなければならない。この比率をヘッジ比率といい、先物契約の原資産がヘッジ対象資産と同じであれば1で良いが、クロスヘッジの場合は最適な比率はいくらだろうか。
これはヘッジされたポジションの価値の分散についての最小化問題である。現物価格と先物価格それぞれの変化率が重要になるので、現物価格Sのヘッジ期間内の変化率をΔS、先物価格Fのヘッジ期間内の変化率をΔFとすれば、ΔSからΔFに線形回帰させた時の傾きが最小分散ヘッジ比率 である。これを\({h}^{*}\) とすれば、
$${ h }^{ * }=\rho \frac { { \sigma }{ S } }{ { \sigma }{ F } } \tag{4}$$
が成立する。ここで、 \({\sigma}_{S}\)はΔSの標準偏差、\({\sigma}_{F} \)はΔFの標準偏差、\(\rho\)が2つの相関係数である。本では導出が省略されているが、
$$r= {S}_{2}+ λ({F}_{1}- {F}_{2}) $$
と、現物価格と先物契約とで異なる売買単位を調整する値をλと置いたものをリスクrとし、rの分散を求めて平方完成すれば、二次の項が
$$(\rho \sigma_{S} -{ \lambda }\sigma_{F})^2$$
となる。これをゼロにするλが\(\rho \frac { { \sigma }{ S } }{ { \sigma }{ F } }\)であり、これは最小分散ヘッジ比率\({h}^{*}\) と等しい。
ここまで分かれば、その後の「ヘッジのテーリング」も問題無いだろう。